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3永遠の片思い

「お前の気持ちは分かったが、到底信用できないな。……勝手ながら調べさせてもらったが、お前の家族は皆、不誠実極まりないだろう。両親は自らの欲のために子供を捨て、兄は素行の悪い遊び人ときた。そんな異常な家庭でまともな人間が育つものか」  本人にそんなことを言うのはあまりに酷い、と思ったが、すぐにわざと酷いことを言って怒らせようとしているのだと気付いた。怒らせてから揚げ足をとり、一気に畳み掛けるつもりだろう。俺がよくやられた手だ。  一瞬、平太はピク、と僅かに頰を引きつらせた。だがすぐ表情を引き締めると、父さんの目を見つめ返した。 「それに関しては、何も言い返すことができません。そう判断されるのも無理はないと思います。ですが、どうかできれば家庭環境ではなく、目の前の俺を見て判断していただけませんか」  父さんは、さっきは僅かに視線を揺らしただけだったが、今度は、少し驚いたような表情になった。それもそうだろう、酷いことを言われても怒る気配すら見せず、かといって父さんを怖がる様子も見せず、こんなことをすらすらと言ってのけたのだ。  俺もかなり驚いた。が、隣を見ると、平太は机の下で震えるくらい強く拳を握っていた。 「そこまで言うなら、自分は誠実な人間だと証明してみろ」  父さんは冷たく言い放った。が、俺は違和感を感じた。少し考えて、父さんは平太のことを否定しようとしていないことに気が付いた。むしろ、試そうとしているような気がした。 「証明……ですか」平太は少し困ったように宙を仰ぐと、こう答えた。「俺は彼のためなら何でもできます」 「何でも、だと?」 「はい」  父さんは組んでいた腕を解くと、床を指差した。 「ここに土下座して頼み込め、と言ってもか」  平太は少しの間固まった。しかし俺が口を挟もうとしたその時、平太は立ち上がって、おもむろに額を床につけた。 「お願いします。真空さんと付き合うことを許してください」  初対面の人間相手に土下座をしろ、と言われて素直に土下座をできる人間はなかなかいない。父さんもそれを分かっているのか、今度こそ、驚いたような顔で平太を見つめた。  父さんはやがて表情を引き締め、もういい、と平太に言った。平太はすぐに顔を上げると、元の通りに座った。それを確認してから父さんは、今度は俺に向き直った。 「真空。お前はどうしたい?」  二週間前の血も涙もない拒否とは一変、父さんはそう聞いてきた。その事実があまりにも意外で、俺はしばらくの間何も言えなかった。 「早く。口がきけないのかお前は」  言われて、慌てて答えた。 「平太と付き合いたい」 「婚約を断れば先方にも迷惑がかかる。それに、一度断れば取り消しが効かない。それから、男と付き合うというのは多くのデメリットが伴う。それを全て承知した上で、そう言うんだな?」  頷くと、父さんは黙った。その沈黙はかなり居心地が悪かったが、平太は依然、凛と背筋を伸ばして座っていて、居心地の悪さなんて微塵も感じていなさそうな表情をしていた。  やがて父さんは「……分かった」と頷いて、俺を見た。 「婚約は俺から断りを入れておく。好きにしろ。後で後悔しても知らないからな」  それから平太を見て、告げた。 「ここまでしたんだ、きちんと責任を持って真空を幸せにしてみろ」  そして立ち上がって「仕事に行ってくる」と言い残してさっさとリビングを去っていった。しばらくの間、俺と平太だけになったリビングには、沈黙が降りた。  しばらくして、俺と平太は恐る恐る顔を見合わせた。それから、同時に笑顔になって、抱き合った。 「やっ……たな平太!」 「よかった、本当に、よかったです……」  これでずっと平太といられる。ここ最近ずっと悩んでいたことが最高の形で解決して、笑みが溢れるのを抑えられなかった。 「正直無理だと思ってました……物凄く怖かった……正直、ずっと泣きそうでした……」  平太は半泣きになりながら言った。それを聞いて俺は意外に思った。さっきまでの平太は、そんなことを微塵も感じさせないほど、凛としていてかっこよかったのに。あの父さん相手にあそこまで渡り合える人間は、大人でもなかなかいないんじゃないだろうか。 「そうなのか? 全く怖くなさそうだったが」 「そんな訳ないじゃないですか……話には聞いてましたけどめちゃくちゃ怖いですね。少しでも機嫌を損ねたら殺される、くらいの勢いで怖かったです。父親ってあんなものなんですか?」  何気ない問いかけだったが、平太の父親のことが頭によぎり、俺は少し言葉に詰まった。平太は、虐待の末に子供を捨てた父親、それしか知らないのだ。 「いや、俺の父親が特別怖いだけだ。部下にもかなり怖がられてると聞いた。俺の父親を前に、あそこまで堂々としていられる平太はすごいな」 「本当ですか? 真空さんのために頑張りました」  平太はそう笑った。 「もうすぐ、夏休み終わりますね」 「そうだな。あと一日だ」 「夏休み明けから、また一緒に帰りましょうね。あっそうそう、俺、舞台祭の劇で主役やるんですよ」 「伊織から聞いた。アラジンだろ? 相手役のジャスミンが夏目だって」 「そうです。真空さんのために頑張るので、楽しみにしててください」  そんなに優しい声で囁かれたら、顔が赤くなってしまう。平太は俺の顔を見て、愛しげに「好きです」と俺の額にキスを落とした。

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