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4永遠の片思い

「――ね、お父さん。何とか説得できないかな?」  愛する我が子が必死に私に頼み込んでいる。何とかしてやりたい気持ちはやまやまだったが、こればかりは保証はできない。だが同時に、私がどうにかできなければもう誰にもどうにもできないだろう、ということも分かっていた。だから私は伊織に頷いてみせた。 「そう……だね。私ができる限りは泰平(たいへい)を説得してみるよ。子供の恋愛は親が介入していいものじゃないからね。……ところで、その明塚くんっていうのはどういう子なんだい?」 「ええと……真空とは真逆の性格をしてるよ。なんていうのかな、お互いに足りない部分を補い合ってるような二人に僕は見える」  へえ、と答えた私の声は普段通りに聞こえただろうか。少し震えてはいなかっただろうか。  お互いが足りない部分を補い合っている二人――その言葉にどうしても、自分と泰平を重ねてしまったのだ。泰平と私は若い頃から周りにずっとそう言われ続けていた。  強い信念と行動力を持っているけれど柔軟性に欠ける泰平と、温和だの柔和だのと言われ続けてきたが今ひとつ強気さがない私、確かに泰平と私は足りない部分を補い合ってきた。お互いがいればそれでいいのだと、純粋に思えていたのはいつ頃までだっただろうか。 「……お父さん?」  伊織の声ではっと我に帰った。慌てて「あ、ああ、ごめんね、ちょっと昔のことを思い出していたんだ」と弁解した。 「昔のこと? お父さんにもそういう人がいたの?」 「そう、だね。いたよ」 「好きだったの?」  その問いに心臓が跳ねた。何とか平素を装って私は、笑った。 「好きだったよ。とてもね」  私は一つ嘘をついた。大きな嘘だ。――本当は、その気持ちは過去形なんかじゃない。 「――もう、二十回目くらいになるかな。泰平とここで花火を見るのは」  赤ワインの入ったグラスを傾けながら言うと、そうだな、と泰平も頷いた。 「互いに子供が生まれる前からここで見ていたからな。確か……靖仁(やすひと)が結婚した歳からだったか」 「そうだったね。あの頃は私たちも若かった。今じゃ腰が痛くて敵わないよ」  泰平はそれを聞いて、ふ、と破顔した。泰平は滅多に笑わない。こんなに笑うのは私の前くらいだ。胸が苦しくなる。この苦しみは二十年以上経っても全く色褪せることなく私を苦しませ続けている。 「こんなに長い付き合いになるなんてな。……何となく、長い付き合いになる予感はしていたが、ここまでとは思わなかった」 「予感はしていた?」  問いかけると、ああ、と泰平は頷いた。 「靖仁は他の人間とは違ったからな。俺にないものをたくさん持っていて、友人であると同時に俺は尊敬していた。多分、お前に出会っていなければ俺はもっと貧しい人間になっていただろうな」  赤ワインを舐めながらぽつりと呟く泰平。花火に照らされたその横顔は、二十年の時を経てもなお、悲しいほどに綺麗だった。 「そんな、私こそ君のことを尊敬していたよ。君の決断力と信念の強さは私の憧れだった」 「だが俺には人当たりの良さも柔軟さもない。羨ましかったよ」  私と泰平は顔を見合わせて、少しだけ笑い合った。泰平を前にすると、不思議と思っていることがするすると出ていく。それは泰平も同じことを思っているだろう。  しばらく、無言で花火を眺めていた。それから私は、ふと、呟いた。 「真空くん相手にも、それくらい素直になれればいいのにね。伊織から話は聞いたよ。君は真空くんのことが心配なんだろう? だから丁寧にレールを敷いてあげたのに、真空くんは自分の意思でそこから外れようとしていることに苛立っている。それから許嫁がいるのに他の相手との恋愛に走っている真空くんが、自分のように辛い目に遭って苦しんでしまわないか不安なんだ。違うかい?」  泰平は困ったように私から視線を外すと、苦笑いを僅かに浮かべた。 「参ったな。相変わらず靖仁には敵わない」  もしかしたら真空くんは、泰平は自分のことを大切だなんて一切思っていない、と感じているかもしれない。下手をすれば自分は父親の道具でしかないとすら思っているかもしれない。そんなことはないのに。ただ泰平は、愛の伝え方が下手なだけなのだ。  真空くんの恋愛に口を挟むのも、ひとえに真空くんが心配だからだ。自分が周りの反対を押し切って婚約破棄をして好きな相手と結婚した結果、逃げられて散々苦しんだから、真空くんにも同じ目に遭ってほしくない、と願っているんだろう。  結果、自分の親と同じようなことをしているのには気付かない。泰平はそういう人だ。頑固で不器用で鈍感なのだ。

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