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6永遠の片思い

 泰平はしばらく押し黙って、やがて「誰だ?」と問いかけた。 「言えないよ。誰かに言ったことはないし言うつもりもない。墓場まで持っていくつもりだ」  泰平は、そうか、と答えた。釈然としない言い方だった。 「……なら、嫁はどうなる? 子供は?」 「もちろん、愛してるよ。かけがえのない大切なものだと思ってる。だけど、どうあがいても一番はその人なんだ」  泰平から視線を外したまま、私はそう答えた。どんな表情で、どういう風に言えばいいのか分からないのだ。その人――だなんて、白々しい。 「俺にはよく分からない。他に好きな人がいるのに別の相手と結婚……ということは、二十年近く同じ人が好きなのか? そんなに好きなのに、どうしてその人と一緒にならなかった? 靖仁と雅子さんとの結婚は、何も周りに強制されたものじゃなかっただろう」  鋭い刃物で抉られたような痛みが走った。君がそれを言うのか、と、笑いそうになってしまった。なんて皮肉な話だろう。 「……想いを伝える機会を、逃してしまったんだ。今の私には愛する妻も子供もいる、だからもう二度と、想いを告げることは叶わないだろうね」 「告白すらしていないのか? 何故?」  私は思わず、笑いをこぼしてしまった。笑うしかなかった。本当に君は鈍感だ。私がどんな思いをしてきたのかを知らないで、よくそんなことを言えるものだ。 「相手との関係を壊したくなかったんだ。あと、相手の恋愛対象に自分が間違いなく入っていないことが分かっていた。それから、私が覚悟を決めるよりも先に、相手が結婚を決めてしまった」 「……災難だったな」神妙に囁くと、泰平は続けた。「俺には分からないが、それはそんなに苦しいのか?」  泰平は、心底疑問げに尋ねた。一目惚れをした相手にアタックをかけ、結ばれ、周りの反対を押し切って結婚をした泰平には、考えられないことなんだろう。  私は窓の外を見た。夏の夜空に儚い火の花が咲いては散る。その光景は、何度見ても変わらず美しかった。毎年、泰平と見ているからだろうか。 「――苦しいよ。雅子と伊織に対していつでも罪悪感があるんだ。二人のことはもちろん愛してるけれど、一番に愛せない申し訳なさと罪悪感でよく自己嫌悪に陥る。結婚をしてしまえば相手のことなんてどうでもよくなるだろうと思ってたけど、逆だったよ。結婚をする前にケリをつけておけばよかったと今でも後悔している。今じゃどうしようもないからね」  私は何を話しているんだろう。張本人を前にして。私のことから話題を転換しようと、私は首を振った。 「私のことなんてどうでもいいさ。問題は真空くんのことだ。……私と状況は違うけれど恐らく、親が無理やり引き裂いたら、結婚した後も真空くんは相手のことを引きずり続けるよ。きちんと自分でケリをつけたならともかく、そうじゃないならずっと苦しみ続ける。家族のことを一番に思えない自分はなんて駄目な人間なんだろう、ってね」  泰平は黙り込んだ。私はあえて言葉をかけず、グラスを傾けながら窓に目をやった。 「……そんなこと、考えたことがなかった」  やがて泰平はぽつりと呟いた。 「大方、とにかく良家のお嬢様と結婚をさせれば将来は安泰だと思っているんだろう?」 「そうだな。良い大学に行かせて跡を継がせて、あとは条件の良い嫁を迎えさせれば、幸福な将来は約束されたようなものだと思っている」 「それから君は、それに少しも疑問を抱いていない」 「ああ。何か間違っているか?」  私は少しため息を吐きたくなった。泰平の最大の欠点は、そこだ。自分の価値観以外で物事を語れない。もちろん、泰平が真空くんに歩ませようとしている道は多くの人が望む幸福だろう。  ただ、それ以外の幸福の形だってもちろんある。現に真空くんは親に勧められた良家のお嬢様ではなく、同性の後輩といる道を選ぼうとしている。  泰平は絶対的な物差しを持っている。だからこそ、他の物差しを認めようとしない。幸い、私の話だけはきちんと聞いてくれるから、私しか泰平を説得できないのだ。  私は、真空くんは自分の好きな相手といてほしいと思う。それは伊織に頼まれたからだし、真空くんは生まれた頃から知っていて伊織と同じくらい大切な子供だからという理由もある。それから、あの泰平の反対を押し切ろうとするのだから、よほど好きな相手なのだろうと思うから、という理由も。  だけど第一は、個人的な理由だ。自分のようになってほしくない。こんな苦しい思いをするのは自分だけでいい。 「それ以外の幸福の形だってあるよ。一度……明塚くんだっけ? その子と会ってみたら? その上で、婚約をどうするかは決めたらどうかな」  泰平は視線を彷徨わせ、呟いた。 「検討する」  これは泰平な最大限の譲歩だ。これ以上は譲れない。だから私は頷いて、話題を転換した。 「そうしてくれ。ああそういえば、先日の――」

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