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1城之内賢は、いつも何かを聞いている
城之内賢は、いつも何かを聞いている。
それは確か、一年の夏休み明けからずっとだ。片耳に必ずイヤホンをつけている。最初こそ教師に毎回注意されていたが、今では全く注意されなくなった。それは彼が不良だからではない。むしろ逆だ。
何か注意されるたびに彼は『テストは全教科一位をとりますし、提出物も全て出しますし、当てられた問題は必ず答えます。それでも駄目ですか?』と言ってのけるのだ。
それもそのはず。彼はこの地域、いや下手すれば国内有数の進学校である「英照高校」の入試で圧倒的な一位をとった生徒なのだ。それで文句のつけようがない教師は、注意することを諦めたのだ。
彼は入学時から、色々と目立つ生徒だった。この学校は基本的に勉強ばかりしてきたガリ勉が多いが、稀に、あまり勉強をしてこなかったのに頭がいい天才もいる。彼はまさに、それだった。
いつでもイヤホンをつけているし、時々ふらっと学校を休む。何を考えているのか分からない、掴み所のない人だった。しかしそれでも、彼は校内でカリスマ的人気があった。それは彼の容姿によるものだろう。
彼はプラチナブロンドのさらさらの髪に緑がかった瞳をしていて、恐ろしいほどに顔が整った儚げな表情の似合う男だった。昔、自分はハーフなんだと語っていた。そんな容姿なのに、愛想がよくてよく笑うのだ。
顔も愛想も頭も良くて、他人に優しいけれど掴み所がなく、決して踏み込んではいけない領域を感じさせるミステリアスな彼が、カリスマ的人気を誇るのは当然のことだった。
勉強しか取り柄がない、だけどこの学校ではあまり目立たない程度の学力の自分とは何もかもが違う、妬む気力すら起きないほどにかけ離れた人間だった。
そんな彼から話しかけられたのは、クラス替えをして彼と同じクラスになって、少し経った頃だ。
数少ない友達とクラスが離れてしまった僕は、まだクラスにも馴染めていなかったので一人で弁当を食べていた。そんな僕に城之内は、「昼ご飯、一緒にいい?」と話しかけてきたのだ。
当然、僕は混乱した。どうして僕にいきなり話しかけてくるのか、全く分からなかった。ぽかんと口を開けた僕に、城之内は薄く微笑んで言ったのだ。
「俺、ずっとお前と話してみたかったんだ」
多分、その言葉と笑顔に僕は落ちてしまった。何か裏があってもいいか、と思ってしまった。僕が受け入れると、それから彼はちょくちょく僕に話しかけるようになった。
そうして数週間経った頃、不意に彼は僕に問いかけてきた。
「そういえばお前、櫻学に友達いるって言ってたよね?」
「……え? 僕そんなこと言ったっけ?」
何の脈絡もない問いかけで僕は驚いた。僕は多分、城之内に話したことはない。中学からの友達に話したっきりだったと思う。城之内はしかし、「あれ、違ったかな」と首を傾げた。
「もしかしたら、他人から聞いた話をお前から聞いたって勘違いしてるのかも。それで?」
「いるよ。友達……っていうか、幼馴染みたいなやつが。すごく仲良い訳じゃないんだけど、なんせ付き合いが長いから、腐れ縁みたいになってるやつが」
「へえ、俺も櫻学に友達がいるんだよね。明塚平太って知ってる?」
知ってるも何も、そいつは僕の友達――加賀美渉がいつもつるんでいる相手だと聞いた。最近渉と会うことは少ないが、よく連絡を取り合っているので知っていた。
「知ってるよ。僕の友達――加賀美渉っていうんだけど、そいつがいつもつるんでるって聞いた。ムカつくくらいかっこよくて何でもできるけど、死ぬほど面倒くさがりで何か憎めない、でもやっぱムカつくやつ……って、言ってたかな。顔は見たことないけど、話はよく聞く」
ふうん、と城之内は呟いた。いつも通り微笑んでいたが、一瞬だけ違う顔が覗いた。ゾッとするほどに冷たい、人の悪い笑みが覗いた気がしたのだ。だけどすぐいつもの綺麗な微笑みに戻ったので、僕は見間違えたのだと結論付けた。
「何だか奇遇だね。そういえば俺、平太が先輩と付き合ってるんだって話を聞いたんだけど」
「あー聞く。よく聞く。惚気がうるさいんだってね。先輩の話してる時は一番うざいって言ってたよ。あいつは良いやつなんだけどいい加減俺に惚気るのはやめてほしい、って」
「そうなんだ。どんな?」
「どんな、って……」
どうしてそんなことに興味があるのか、自分で聞けばいいのに、と思い城之内の顔を見ると、どうしたの、と言いたげに首を傾げた。しかしその瞳はどこか、底知れないものに見えた。
「可愛い可愛いっていつも言ってて、どこが可愛いかをこっちが真剣に聞いてなくても話してくる、って言ってたかな。あと、夜の事情を話されてもこっちは反応に困るからやめてほしいって。相当溺愛してるんだろうな、って渉の話聞いてるだけでも伝わってくるよ」
「へえ」
いつも通りに普通の会話をしてるはずなのに、どうしてか寒気がする。どうしてだ、と考えて、城之内の目が全く笑っていないことに気が付いた。
「何でそんなに気になるの?」
「そりゃ、平太が好きだから」
笑っていない目でなんでもないことのように言う城之内。僕は思わず、絶句してしまった。なんていえばいいのか分からないまま、黙り込んで城之内を見つめていると、城之内は不意に、「ふはっ」とふきだした。
「冗談。まさか信じるとは思わなかった」
「……え?」
「だから冗談。友達にもよく言われるんだよね、お前は笑えない冗談をよく言うって。ごめんね」
楽しそうに言う城之内はいつも通りで、腑に落ちないながらも僕も、曖昧に笑った。
「あ……ああ、そうなんだ、びっくりした、あはは」
城之内はそんな僕をじっと見るとまた、ふはっと笑った。首を傾げると、城之内はなんてことない顔でおぞましいことを言った。
「俺さ、性格歪んでるんだ。人のぞっとする顔見るの好きなんだよね。見ててゾクッとする」
思わず顔を引きつらせると、城之内は楽しそうに笑った。
「……それも冗談?」
「そ。今の流れじゃさすがに分かるか。実際はただからかうのが好きなだけ」
楽しそうな城之内を見て、僕は思わず安堵のため息を吐いた。笑えない。全く笑えない。僕はこの日初めて、城之内を怖いと感じた。
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