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2城之内賢は、いつも何かを聞いている
クラス替えから数ヶ月経った今でも、彼はいつでも人に囲まれている。それは側から見ている僕でもよく分かる。そして必ずと言っていいほどよく聞かれるのが、どうしてイヤホンをしているのか、だ。
「ねえ賢くん、何でいっつもイヤホンしてんの?」
クラスで一番可愛い野村さんに距離を縮められても、城之内は動じる様子一つ見せず、軽くあしらった。女慣れしているんだろう、と思った。
「んー、何でだと思う?」
「音楽が好きだから? それか……イヤホン依存症とか!」
「はは、何それ。残念ハズレ。多分ね、誰も当てられないかな」
城之内はいつも、含みのある笑みで誤魔化す。そう話している時でも、片耳にイヤホンはつけたまま。クラス中の誰もが、城之内がいつも何を聞いているのか、気になっているだろう。
「誰も? そう言われると当てたくなっちゃうなぁ。んーっとね……」
「そんなことはいいよ。それより俺、奈々美に聞きたいことがあるんだ。奈々美って好きな人いるの?」
キラースマイル、というべき綺麗な微笑みで問いかける城之内。野村さんは案の定、真っ赤になって「い、いる……けど……言えない……」と口ごもった。城之内は少し残念そうな顔になって「そうなんだ。今度教えてね」と言い残して野村さんの元を去った。
相変わらずのイケメンっぷりだ、と呆れながら僕は弁当を食べていた。同じクラスの友達が、昼練に行ってしまって今日は一人だったのだ。すると弁当を持った城之内が、ふらっと僕の方に来て「一緒にいい?」と尋ねてきた。
「いいけど、いいの? 野村さんと仲良さげに話してたけど」
「別に。イヤホンのことをしつこく聞かれて面倒で、適当に話切り上げてきたくらいだから。仲は良くないよ、向こうが勝手に来るだけ」
少し親しくなって思うのが、城之内は案外薄情で周りの人間に無関心だ。他の人にはほとんど見せない一面を僕に見せているのは、仲が良いと思われているのか、それとも僕が舐められているのか。恐らく後者だろうな、と思う。
それでも、笑えない冗談を言うこと以外は城之内は面白いやつだから、向こうから来る分には仲良くしていていいか、と思う。
しかし薄情なのは分かっているといっても、今の発言は少し酷い。僕でも分かるくらい分かりやすく、野村さんは城之内を狙っているのに。
「僕には城之内が、野村さんの恋心を弄んでるように見えるよ」
「失敬な。今のは少し利用しただけ。別に弄んでないよ」
城之内はなかなか辛辣なやつだ。今の発言からしても、今のは確実に野村さんが自分のことを好きというのを分かっていて、それを利用して話をさっさと切り上げただけだ。
「どうだか。野村さんからすればどっちも同じことだよ。城之内って皆に優しいようで実際、誰にも興味がないよね。打算的な付き合いばっかりしてる。どうせ僕とこうやって話すのも、何か目的があるんだろうし」
城之内は側から見ていると、皆に優しいイケメンなんかじゃない、明らかに行動全てが打算的なのだ。僕には、そういうキャラ付けをしたいから打算的に動いているように見える。
城之内はきっと、皆からどう思われようと本当はどうでもいいだろう。ただ良く思われた方が何かと便利だから、良く思われようとしているような。
だから僕は、どうして皆が城之内を無条件に持て囃すのか、理解ができない。僕はそういう打算的な面を理解した上で、まあ僕に害はないから、とあえてスルーしているが、そもそもそれに気付かない人が圧倒的に多いように見える。
そう言いながら卵焼きをつまんでいると、城之内は少しの間黙って僕を見た。それから、こう呟いた。
「山内って結構、観察眼鋭いよね。鋭い……っていうか、頭が良いのかな」
「何それ。頭が良いなんて城之内に言われたくないよ。煽ってんの?」
学年一位に言われたくはない。だが城之内は、案外真剣な顔をしていた。
「そりゃ俺は頭良いけど。皆気付かないでしょ、俺のそういうところ。すごいと思うよ。でも、だから友達少ないんじゃない? 色々気付き過ぎちゃうから面倒くさいって」
「……余計なお世話」
城之内は日に日に僕に遠慮がなくなっていく。僕なら何を言っても大丈夫、と舐められているんだろう。その程度なら僕に害はないから構わないが。
「俺はお前みたいに賢い人は好きだよ」
「別に僕は、大して成績は良くないけど」
「勉強ができるからって賢いとは限らないよ。実際、この学校は勉強ができるだけの馬鹿がたくさんいて嫌になる。皆自分は上手く人付き合いができてるって思い込んでるでしょ。こっちからすれば、隠し切れてない本心だだ漏れで見苦しいだけなのにね。だったらまだ、隠す気のない馬鹿の方が好きかな」
僕は、ふうん、とわざと適当に相槌を打った。偏差値がえらく高いこの高校の生徒を「馬鹿」と言い切ってしまう城之内はすごいと思ったがそれ以上に、城之内の闇を感じたのだ。面倒だから深く立ち入りたくなかった。
城之内は、ふ、と笑みをこぼした。「そういうところ。結構好きだよ」と言いながら。
「何なの? 城之内は賢い人がそんなに好きなの?」
「まあそうかな。でも一番好きなのは、本心が読めないタイプだ」
それは自分みたいなタイプ、ということだろうか。そう考えていると城之内は察したのか「俺みたいな人間、ってことじゃないよ」と肩をすくめた。
「俺みたいなおぞましい人間なんて、絶対に関わりたくないね。そうじゃなくて、前に一人だけいたんだよね、俺でも本当に本心が読めなかったやつ。そいつはいつでも明るくて誰にでも優しくて、王子様みたいなやつだった。そいつの本心が全く読めなくてさ、本当にそういう人間なんだって信じかけたことすらあった。ま、実際違ったんだけど」
何を考えているのか読めない城之内だったが、今の言葉は本心だと感じた。それからそう言った後に浮かべた、陶然とした笑みも、本心からだと感じた。
「そいつの本音とか抱えてるものとかを偶然知っちゃった時、最っ高にゾクゾクしたよ。ああ、俺でも分からないことがあったんだ、って。初めて心から他人を好きだと思えたね」
不意に、偶然駅で再会した時に、渉が話していたことを思い出した。
『そういやちょっと前に学園祭あったんだけどさ、平太って友達いるって言ったじゃん? あいつの演技力がすっげーの、鳥肌立ったわ。芸能事務所にスカウトされるくらいだぜ? すごくね?』
芸能事務所にスカウト、という単語が印象深くて覚えていたのだ。それから城之内の『そりゃ、平太が好きだから』という言葉も思い出した。
まさかな――そう一蹴するには、あまりにも話が通る。それと同時に、ある仮説も浮かんだ。だが僕は、それらをとりあえず傍に置いておいて「へえ、すごいね」とあえて馬鹿みたいな返事をした。城之内は「でしょ?」と含みのある笑顔を浮かべた。
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