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3城之内賢は、いつも何かを聞いている

 僕のその仮説の裏付けがとれてしまったのは、二学期が始まって少し経った頃だった。  夏休み明けから一週間くらい経ったある日。その日、城之内はふらっと学校を欠席した。別に珍しいことじゃない。周りもまたか、という反応だった。  問題なのは、欠席した城之内と出会った場所だ。  その日僕は、渉に漫画を貸してもらうことになっていた。昨日たまたまLINEで漫画の話で盛り上がって「興味あるなら貸してやる」と言われたのだ。その日は授業が短縮で文化祭準備があったが、用事があると言ってさっさと学校を出てきた。  僕が来た頃に渉が文化祭準備を抜けて、漫画を持って来ることになっていた。だから校門のところで待つことにした――のだが、櫻宮学園が見えてきた頃、城之内と出会った。  城之内はちょうどその時、櫻宮学園のすぐそばのビルから出てきた。手に一眼レフを持ちながら。城之内は英照の制服を見て一瞬表情を固めたが、僕の顔を見て心なしか、ほっとしたような表情になった。  櫻宮学園といえば、城之内の話していた「明塚平太」の通う高校だ。多分、あのビルから櫻宮学園は見える。――それこそ、一眼レフのズーム機能を使えば生徒の顔くらいは見えるだろうし、生徒の写真も撮れるだろう。  前々から考えていた「恐ろしい仮説」が頭の中をよぎる。城之内のような本心の読めない男ならやりかねないとも思った。  城之内は明らかに僕のことを見ている。なんて声をかけるか迷って、結局、気付かないふりをした。 「城之内、写真好きなんだ。一眼レフ持ってるなんてすごいね、それいくらしたの?」  城之内は笑った。 「いいよ、無理して気付かないふりをしなくても。元々勘付いてはいたんでしょ? その上で、自分には害がないからって気付かないふりをしてた、違う?」 「……ってことは、僕の想像はあながち間違いでも――?」 「多分、合ってるよ。この一眼レフは」城之内はちらりと櫻宮学園を見た。「お前の想像通りの用途で使ったものだから」  その言葉で総毛立った。それと同時に、今まで良い人を装ってきたのは全て、この異常さをカモフラージュするためなんだと悟った。  城之内はビルを見上げながら言った。 「このビルさ、三階が空いてるんだよね。そこにテナント募集、って書いてあるでしょ。何でも、事故物件らしくてなかなか埋まらないんだ。そこの鍵をこじ開けた」  何のために、とは聞かなかった。聞かなくてもわかる。城之内はなおも喋り続けた。僕のことは信用している、というより、誰かに話しても何もメリットがないから大丈夫だと踏んだのだろう。 「今日、櫻学は全日学園祭の準備だったんだ。それであいつは劇の練習をずっとやってた。かっこよかったよ」  誰が、とも聞かなかった。聞かなくてもわかる。城之内は陶然とした笑顔を見せた。その瞳には、光がないように見えた。――さっきから、寒気が止まらない。城之内がここまで恐ろしいやつだとは思っていなかった。クラスメイトだとは思いたくない。  城之内はそんな僕を見て、ふは、と笑った。その笑い方には覚えがあった。僕は恐る恐る、こう尋ねた。 「……冗談?」  城之内は、肩をすくめた。 「良いこと教えてあげようか。実は俺――冗談言ったことがないんだ」  僕は、自分の仮説が正しかったことを悟った。

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