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1俺の知らない顔

「……お前すっげー怠そうだな。去年のやる気はどうした」  渉にそう言われた平太は、口を尖らせた。 「だって真空さんが何も出ねえし。開会式しか終わってないけど既に帰りたい」 「でも平太くん、応援団長でしょ? いないと困るよ」 「そうだけど……本当、ここまで応援に向いてない俺を援団に入れたどっかの誰かさんはすげえよなぁ」  平太がそう渉に向かって嫌味を言うと、渉は「誰だろうなーそれ」と肩を竦めた。  応援団は高三を除いた各クラスから二人ずつで、団長は高二から出すことになっているらしい。一人は立候補で出て、もう一人がなかなか決まらない、という中、渉はクラス委員長という権限を使って平太を応援団に入れてしまった。それから応援団に立候補した彼が『自分が応援の仕方なんかを考えるけど団長は明塚にやってほしい』と言ってきて、断り切れなかったのだ。  それから高三は受験も控えているので、強制参加の種目が一つもないそうだ。なのでそもそもサボってしまう人も少なくないらしいし、それを学校側は黙認していると聞いた。そして前園先輩は勉強で忙しいから何も出ないという。  だからこんなにだるそうなんだろうとは思うが、平太がだるそうなのはいつものことだ。むしろ、去年はやる気があったことの方が驚く。 「え? てか去年はやる気あったの? あの平太が? そっちにびっくりなんだけど」 「まあな。真空さんいたし」  こともなげな言い方に、さらに驚いた。小学生の頃は一緒に全ての行事をサボったし、中学生の頃あいつは楽しそうに振る舞いつつも、影で面倒くさいだの怠いだのと吐き捨てていたのだから。 「へぇーっ、あの平太がねぇ。激レアじゃん! 中学の頃は俺にずっとだりぃって愚痴ってたのに」 「だな。で、小学生の頃は一緒に行事全部サボってたよな」 「ああー、そうだったね! なっつかしいなぁ、運動会の日は毎年一日でポケモン全クリしてたっけ!」 「で、遠足とか移動教室の時は何だっけ、モンハンやってたんだっけ」 「そーだったそーだった! お前いっつも安全圏からボウガンで攻撃してたよなぁ。おかげで俺ばっか死にまくってさ」 「それはお前が下手だっただけ」  そうやってゲラゲラ笑っていたら、ふと、驚いたような渉と和泉の顔が目に入った。それでようやく、渉と和泉は当たり前のように学校行事を楽しんできた人で、俺らは普通じゃないんだ、と思い至った。 「二人って、行事全部サボってたの?」  驚いた顔で和泉が問う。互いに気まずくなって「あー……まあ、な?」「うん……ね?」と顔を見合わせた。  サボったという体ではあったが、実際、俺たちが学校行事に参加できる雰囲気じゃなく、俺たちは外に追いやられたようなものだったのだ。小学校には間違いなく、俺たちの居場所はなかった。こうやって笑い話にしているのも、そうでもしないとやってられないからだ。  あの頃は、本当は学校行事に参加したかった。だけどそれは決して口にしないのが、俺たちの暗黙の了解だった。そうして輪の外に追いやられ続けるうちに、俺も平太もすっかりやる気を失ってしまって無気力になってしまったのだ。 「そうなんだ。何でサボっ――」 「あー、まあお前ららしいよな。真面目に行事参加してる姿なんて想像できねーし。えーと……それよりさ、和泉って体育祭で仕事ないの? 生徒会長じゃんお前」  渉は察したのか、和泉の言葉を遮って慌てて和泉に問いかけた。もうちょっと話題の転換がさりげなかったらかっこいいのにな、と俺は苦笑した。 「うん! 開会式で挨拶したし、あとは閉会式の挨拶と表彰だけ! 今日まではたくさん仕事あったけど、始まっちゃうと実はほとんど仕事ないんだ」  和泉はそれに何の疑問も抱かず、頷いた。 「俺さ、生徒会長ってもっとこう、学園の支配者ー! って感じだと思ってたけど、実際そんなに目立たないじゃん? むしろ風紀委員長の伊織の方がずっと学園の支配者っぽいっていうかさ」  そう俺が言うと、「うーん確かに」と和泉は首肯した。 「先輩が学園のシンボルだとしたら僕は裏方かな。生徒指導は全部風紀委員がやってくれてるから、僕は行事の運営仕切って、あとは学校生活の細かい雑務ばっかりしてる」 「どんな?」 「例えば、自販機と購買のパンの種類のアンケートとってそれを元に学校側にかけあうとか、どこの設備の修理が必要かまとめるとか、そんなことばっかり。地味だよー、生徒会長は」  にこにこしながら言う和泉。それは全て目立たないことだったが、それでも責任を持ってやり遂げられる頑張り屋な和泉だから、色んな生徒から慕われてるんじゃないだろうか。 「地味だけどすげー頑張ってるよな、和泉は。かっこいいと思う」  渉がそう呟くと、和泉は「そ、そうかな」と頰を染めた。 「渉くんだって、一人で衣装たっくさん作っちゃったでしょ! すっごくかっこいいと思う! 一人で大変だったでしょ?」 「い、いや! 俺なんか全然! あんなのほぼ趣味みたいなもんだし、それに俺がいなくてもどっかで衣装買えば済む話だったし」 「それでもすごいよ! 渉くんが全部作ってくれたおかげで経費削減できたしそれに、世界で一つだけの衣装ができたもん!」  和泉のきらきらした目で見つめられた渉は、顔を赤くして目を逸らした。初心だなあ、と俺と平太は顔を見合わせて笑った。それから邪魔しちゃ悪いかな、と判断した俺と平太は、二人に気付かれないようにその場から立ち去った。

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