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2俺の知らない顔
俺は校庭の隅の日陰まで来ると、ようやく安心してため息を吐いた。いくら平太がいて渉と和泉が好きだといっても、嫌でも気疲れしてしまう。
「ここの体育祭ってさ、すごい盛り上がるね」
「前のとこは?」
「全っ然。皆お喋りしてまともに競技見なかったよ。応援団とかも自己満レベルだったし。体調が悪いって途中で帰っても大丈夫だったから、ある意味気楽だったけどね」
「ふうん。そこと比べたらここの体育祭はすげえ疲れるだろ? ……ま、何だかんだで楽しいけどな。去年俺はそうだった」
「いいなぁ」
それを聞いて、平太は苦笑した。
「雫はさ、櫻学に来てから心から笑う回数は確実に増えてきてるけど……やっぱ疲れる?」
「……うん。どうしても変に考えすぎちゃう。なんていうか、幸せなのに慣れないんだ。ふとした時に、俺なんかがここにいていいのかなって考えちゃってさ。それで勝手に落ち込んじゃう」
俺は気付けば「駄目だなぁ、俺」と少し自虐的に呟いていた。
皆がわいわい盛り上がってるのを横目に離れた場所で二人でいる、それは前までと同じだけど、確実な違いがある。今は、素の俺たちでも受け入れてくれる場所がある。
それが、親にとっては違和感でしかない。受け入れられないのが普通だったから。受け入れられていることに罪悪感すら覚えることもある。
「慣れないのは仕方ねえよ、ちょっとずつでいいだろ」
「……そうだね」
独り言のように呟くと、俺は「よし、頑張ろ!」と自分に喝を入れた。
「何を?」
「幸せになるの頑張る! 楽しい時に、こんなに幸せだったら罰を受けるかもーとか、俺なんかがこんな思いしちゃって申し訳ないなーとか、余計なこと考えないようにする! 楽しい時はちゃんと楽しいって思う!」
そう宣言してから、俺は平太の顔を見てへらっと笑った。恥ずかしいこと言っちゃったかな、なんて少しはにかみながら。
多分、俺は変わった。間違いなく、伊織のおかげだ。多分、伊織の自分を疑わない強気さとか、自分が不幸になるなんて微塵も考えちゃいない前向きさとか、そういうところに影響を受けている。
俺は空を仰いで、言った。
「俺ね、伊織に言われたんだ。嫌なことがあったからってこの先も嫌なことがあるに決まってる、って思ってたら、この先起こるかもしれない良いことが逃げてくよ、嫌なことがあったらそんなこともあるよねって流して、嫌な人がいたらそういう人もいるよねって流して、って気にしないように生きてかないと息が詰まっちゃうよ、って」
そしてちょっと笑って、続けた。
「俺、びっくりしたんだ。世の中にはこんなに考え方の違う人がいるんだなぁって。でもその考え方を心がけるようにしたら、ちょっとずつだけど自分を責める回数が減ったんだ。だから俺はもしかしたら、今まで自分を責め過ぎてたのかなって、ようやく気付いた」
「気付けてよかったな」
平太は微笑んだ。優しい笑顔だった。俺も笑い返して、うん、と頷いた。
それから俺は、ふと気付いて問いかけた。
「……てかお前、援団なのに応援してなくて大丈夫?」
「多分駄目。でも本当にいなきゃやばい時は高橋が呼びに来てくれるって」
そう肩をすくめた平太に「うわっ、団長失格だわお前」と俺は笑った。そんな話をしていると、焦った様子の高橋が平太の方へ走ってきた。
「噂をすれば、ってやつだな」と俺がのんびり呟くのとは対照的に、息を切らせた高橋が慌てて言った。
「あ……明塚! こんなところにいた……次、中等部の短距離走だから応援! 来て!」
「え? 本当だ、ごめんすぐ行く」
さすがに少し申し訳なさそうな顔の平太に俺は、「団長サマいってらー」とへらっと笑った。
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