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3俺の知らない顔
前々からあいつにはカリスマ性があるとは思っていた。顔がかっこいい、だけじゃなく。ただ、それを全く発揮しようとしないだけだと。だが、そう分かっていても、平太の応援はすごかった。何ていうか、力がある。立ち振る舞い、声の出し方、表情、全てがどうしてか、人を惹きつける。
あれだけ嫌がっていた平太だったが、団長はなかなかにはまり役だった。案の定、周囲の視線を一身に集めている。あれは前園先輩も惚れ直すだろうなあと思いながら一人遠くで眺めていると、ふと隣に気配を感じた。見ると、伊織だった。
「探したんだよ。どこにもいないから来てないのかと思った」
「さすがに来たよ」と苦笑すると、そっか、と伊織は笑いながら俺の隣に座った。
「……疲れちゃった?」
平太と同じことを問われて、俺は笑ってしまった。平太は長い間ずっと一緒にいたから当たり前として、伊織はよく俺のことを見てくれているな、と思ったのだ。
「ちょっとね。やっぱ慣れないから」
「何が?」
「居場所があること」
そう言うと、伊織は動揺したように一瞬瞳を揺らし、突然俺の手を握ってきた。
「わ! ……な、なに?」
「大丈夫だよ、って言いたくなったんだ。僕がいるから、必ず居場所はあるから。ね?」
不意打ちの言葉で、少し目頭が熱くなった。伊織が俺のことを何よりも大事に思ってくれていることが分かって、俺は笑った。
「うん。ありがとう」
それを聞くと、伊織は嬉しそうな顔になった。首を傾げると、伊織は一度きゅっと強く俺の手を握った。
「自然に『ありがとう』って言うようになったね、雫」
言われてから気付いた。これも全部、伊織のおかげだろう。伊織のおかげで、俺は変われている。
その感謝はどうやっても伝え切れないと思う。俺が伊織にされて嬉しかったことはきっと、暖かい家庭で当たり前に育ってきた伊織にとっては当たり前のことだから。
感謝だけじゃなくて、俺は伊織が好きだ。
伊織の芯が強くて凛としたところが好きだ。当たり前のように深い愛を注いでくれるところが好きだ。繊細で美しい容姿を持っているのに誰よりも男前なところが好きだ。
日に日にその思いは強くなっていく。それに、それはどんどん醜くなっていくのだ。依存してしまいそうになる。全て頼って甘えてしまいそうになる。淡く純粋な恋心なんかとはかけ離れている。なのに、伊織はそれも含めて俺を全て受け止めてくれる。泣きそうなくらい優しいのだ。
伊織にはしてもらってばかりだけどせめて、俺も伊織の全てを受け止めたいのだ。だけどきっと、伊織には俺に見せていない一面がある。だって、俺は平太や前園先輩が語るような、独占欲の塊のような伊織を知らない。好きという気持ちでいっぱいになって周りが見えなくなってしまう伊織を知らない。
俺が知っているのは、強気で男前な伊織と、暖かくて優しい伊織だけだ。それは俺に隠しているだけなのか、それとも前園先輩ほど俺のことを愛していないからなのか。
俺は密かに、後者だろうな、と思っている。だってあまりにも重ねた年数が違い過ぎる。それは少し悲しいけれど、仕方ない。でもいつか、独占欲をあらわにしてくれる時が来てほしいな、と思う。
そんなことを考えながら、伊織と話しているといつの間にか俺の出番がきた。全員参加のクラス対抗リレーと学年種目の騎馬戦は午後だが俺は午前にある借り物競走――半ば周りから押し付けられた競技だった――に出ることになっていた。
借り物競走というものがピンとこなかったが、平太曰く『なかなかお題がやばいけど俺は楽しかった』らしく、渉曰く『実行委員の悪ふざけが炸裂した競技』らしく、和泉曰く『見ててとっても楽しい』らしい。正直、不安しかない。
実行委員の、位置について用意、という声のすぐ後に鳴ったピストルの音を聞いてから、俺は走り出した。借り物競走だから、単純に足の速さだけで勝敗が決まらないのがいい。
お題の紙が置いてあるところで、皆が立ち止まっていた。どうやら皆、かなり悩んでいるみたいだ。俺はその中から何も考えずに引いた。そこに書いてあったのは、
「一番、仲の良い人と……恋人繋ぎをしてゴール?」
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