俺はそれを見て、まだましな方だろうと安堵のため息を吐いた。それから、恋人繋ぎというところが平太の言う通り少し「やばい」と思った。共学ならまだいい、だがここは男子校だ。 　一番仲の良い人――もちろん最初に伊織を思い浮かべた。だけど一番「仲の良い」人に数えていいものか、と俺は戸惑った。仲の良い人、ということは友達を選べということなんじゃないだろうか。 　それからたとえば――ここで伊織じゃなく平太を選んだら、伊織は少しは嫉妬してくれるんだろうか。正直なところ、俺は嫉妬されたい。何だか俺ばかり必死になっているようで、寂しいのだ。 　そう思った俺は、迷った挙句、平太のところへ走っていった。 「平太！」 　和泉と渉と話していた平太は「おー」と顔をこちらに向けた。 「なに？　捻くれ者とか猫かぶるのが上手いやつとか連れてこいってお題？」 「は？　この学園一のイケメン連れてこいってお題だろ？」 　にやにやしながら言う渉に、平太はそう軽口を叩いた。俺はお題を渡しながら、言い訳のように言った。 「本当は伊織と行った方がいいかなって思ったし真っ先に伊織が思い浮かんだんだけど……伊織にちょっと嫉妬してほしいっていうか……」 　平太は首を傾げながら紙を見て、顔を引きつらせた。一緒になって覗き込んできた和泉と渉も、うわ、と声を上げた。 「絶対嫌だ。素直に小深山先輩のとこに行ってこい」 　平太らしからぬ強い口調に、俺は少しビビってしまった。それから俺は、でも、と食い下がった。 「そうか、お前知らねーんだな、あの時の小深山先輩……」 「本当にやめた方がいいよ……軽い気持ちでこういうことやっちゃ……」 　平太だけでなく、渉や和泉ですら神妙な顔をしているので、俺はさらにビビってしまった。だけどそうならなおさら、俺だけその顔を知らないのは嫌だ。 「でも……俺だけそういう伊織知らないのは嫌だ」 　まっすぐ平太を見ると、平太は気まずそうに顔を逸らした。それからちらりと俺の顔を見ると、盛大にため息を吐いた。 「あー……分かった分かった。行ってやる。でもいいか、俺は絶っ対責任取らねえし、小深山先輩に真っ先に弁解するからな。薄情者だと思うなよ」 　その言葉に怖くなりつつも、ありがとう、と礼を言って平太に手を伸ばした。手を握り返した平太が、地獄へ向かうような悲壮な顔をしていたのが気になった。 「おっと！　一番最初にゴールしてきたのは、明塚、夏目の二人だ！　ではお題を聞いてみましょう――夏目くん！　お題は何ですか？」 　紙を見せると、放送部の彼は驚いたように目を見開きながらその紙を読み上げた。 「これはまたすごい……明塚くん、『一番仲の良い人』に選ばれてどう思います？」 「いやあの……一番『好き』な人と一番『仲の良い』人は違うから何ていうか……幼馴染だしそういう意味で雫は俺を選んだのかなーって。あの、決してそういう意味じゃないと思うから俺は別に何とも……」 　顔を引きつらせながらしどろもどろに弁解する平太を見て、放送部は心なしか同情するような苦い笑いを浮かべた。それから今度は、俺にマイクを向けてきた。 「明塚くんと一番仲が良いそうですが、夏目くんしか知らない明塚くんの情報はありますか？」 「馬鹿お前……！」 　小声で放送部に抗議した平太だったが、放送部は面白がる様子と同情する様子が入り混じった表情で肩をすくめた。 「仕方ねえだろ、こうした方が面白いんだよ」 「俺しか知らない……？　何だろう……小さい時から寝相が異常に良いとかかな？」 「お前よりにもよってそういう……」と頭を抱えそうになった平太に今度は、放送部はマイクを向けた。 「じゃあ明塚くん！　何かありますか？」 「ええ……雫はめちゃくちゃ少食だけど、特に甘くない卵焼きとピーマンだけは絶対食べないとか？　あとトマトも食べない」 「は？　トマトは克服しただろ？」 「ミニトマト一個に十分以上かけといて何が克服だよ。美味しいって食べられるようになってから克服って言え」 「んなこと言ったら俺は食べ物全般苦手ってことになんだろ」 「苦手だろ？　逆に好きな食べ物何かあんの？」 「いちごのケーキ」 「ガキかよ」 「ガキで悪かったな」 　ぽんぽんとやりとりを続けて、ふと、放送部が困ったような顔をしているのを見て、俺は口を閉じた。平太も気付いたのか、口を閉じた。 「ええと……二人がとても仲が良いのは分かりました。では……あっまた誰かゴールしてきましたね！　インタビューしたいと思います！」 　困った顔で言う放送部だったが、タイミングよくゴールしてきた人を見て嬉しそうにそっちへ走っていった。平太はゴールした人が並ぶ位置まで来て、悲壮感溢れる顔でため息を吐いた。 「終わった……絶対小深山先輩に何か言われる……退学させられるかな……それともまた学校中から白々しい目で見られてそれで……地味な嫌がらせがたくさん続いて、毎日誰かしらに校舎裏やら空き教室やらに呼び出されて……嫌だなぁ……今度こそ鬱になる……」 　その顔で平太は何かしらをぶつぶつと呟いていた。何を言っているのかあまり聞き取れなかったが、不吉な単語ばかり聞こえた気がした。 「あの……平太？　そんなやばい？」 「やばいなんてもんじゃねえよ……なんて弁解したら許してくれるかな……いや大丈夫、俺はあの真空さんの父親を認めさせたんだ、大丈夫だ、頑張れ俺……」 　平太らしからぬ、あまりにも暗い表情に俺はようやく後悔し始めた。 　俺は単純に伊織の知らない顔が知りたい、と思っていたが、よくよく考えてみれば、誰もが「やばい」という顔なんだから、わざわざ見たがるようなものじゃないのかもしれない。それに平太のこの反応は洒落にならない。 　まずいことやっちゃったかな、と俺は空を仰いだ。