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6俺の知らない顔

 伊織は俺を離して、俺と目を合わせて、微笑んだ。危ない熱に浮かされたような、その中に俺だけしか映っていない瞳だった。  不意に援交をしていた時のことを思い出した。あの頃は、俺だけが映っている情事中のおじさんの瞳を見て、それが愛だと思い込んで一時的に満足していた。――だけどこれは本物だ。本当に、俺だけしか映っていない瞳だ。もしかしたらこれが、俺がずっと欲しかったものなのかもしれない。 「僕は君が欲しいものを何でもあげられるし、して欲しいことを何でもしてあげられるし、喜んでそうするつもりだ。だけど――君の視線が僕以外に向くことは許さない。君は僕だけのものだから」  俺だけしか映っていない瞳で、俺が身動きできないように強く縛り付ける言葉を紡ぐ伊織。震えが全身に走って、腰が砕けそうになる。これは恐怖だろうか? いや違う、これは多分―― 「分かったよ、僕。一緒に過ごした年月以外で、明塚くんにはあって僕にはないもの。……体の関係だよね? それが明塚くんにはあって、僕にはない。なら僕が君を抱いたら、君も僕のことだけを見てくれる?」  伊織の瞳は相変わらず俺のことだけを映している。その言葉にはきっと、嘘がない。だけど伊織は分かっているんだろうか。今は体育祭中だ。そんなことをするような状況じゃない。 「……え? 嘘でしょ、伊織……今の状況分かってる?」 「分かってるよ? 今は君が僕だけのものだって分からせなくちゃいけない」 「は? 違うって、そうじゃなくて今日は――」 「それ以外に何があるっていうの? 僕は君のこと以外はどうだっていいのに」  有無を言わせない言い方だった。どうしよう、話が通じない。俺は力がかなり弱いけど、伊織はこんな見た目でもかなり強い。俺が今の伊織を押し退けることは不可能だ。  どう考えてもまずい状況だ。なのに――どうして俺は、興奮してしまっているんだろう。  伊織は突然、俺の首筋に舌を這わせた。それから、そこを強く吸われた。キスマークを付けられたのだ、と気付くまでに少しかかった。 「あ、ふぁ……」  気付けば俺は、そんな声を上げていた。慌てて口をふさぐ。知らない。キスマーク一つ付けられただけでこんなに感じてしまう体なんて、俺は知らない。いつも演技の仕方に頭を悩ませるくらい、感度が悪かったのに。  伊織は首筋から肩、鎖骨、と下りながら、あちこちにキスマークを付けた。その度に俺は、自然と甘い声を上げてしまっていた。これ一つ一つが、俺が伊織のものだという印だ、なんて思うと、蕩けてしまいそうになる。 「好きだよ……世界で一番愛してるよ、雫」  伊織はそんな重い愛の言葉の合間に、いくつもキスマークを付けていく。愛に飢えていた俺ですら全ては受け止めきれないくらい、重い。でもその重い愛の言葉が、堪らなく俺を満たしていく。 「好きだよ……世界で一番好きだよ、雫……僕以外を見るのは許さない……絶対許さないから……君は一生僕だけのものだから……」  それから伊織は、そう俺の耳元で囁きながら、俺の体に手を這わせていく。伊織の言葉が重く響いて、抗いようもなく脳が犯されていくみたいだ。一応俺は離れようと伊織の体を押していたが、それは既に形だけだった。  そして伊織は俺の下半身に触れた。驚くべきことにそこは、かなり硬くなっていた。もう平太や前園先輩のことを馬鹿にはできない。俺なんて、伊織から重過ぎる愛をぶつけられるだけで、こうも興奮してしまっている。 「嬉しいよ……君の体はもう、僕だけのものだって分かってくれているんだね」  伊織は陶然と囁くと、そこを舐めるように撫でた。 「あっ……まって、伊織ぃ……は、っ……ほんとに、やばい、から……」 「可愛い……好きだよ、雫、好き……世界一好き……」  後ろが壁で良かった。壁がなかったら多分、立てない。それくらい、下半身を触られながら愛を囁かれるのに、感じてしまった。今ですらこれなのに、本当に抱かれてしまったら――想像がつかない。

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