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7俺の知らない顔

 伊織は陶酔したように囁いていたが、不意に言葉と動きを止めた。疑問に思って伊織を見上げていると、伊織は俺から離れてスマホを取り出した。電話がかかってきているようだった。伊織はスピーカーにすると、通話ボタンを押した。 「……もしもし、真空?」 『ああ良かった、繋がった……』  電話の相手は前園先輩だった。安堵したような声が聞こえる。 『今から昼休憩だ。もう午前の競技は全て終わったぞ』 「え? 競技って何? 何のこと? あれ? ああ……そっか、今日体育祭だったっけ」  目が覚めたように、伊織が徐々に冷静な表情になっていく。 『やっぱりか。……その、伊織。夏目が借り物競走で平太を連れて行ったのは、お前に嫉妬して欲しかったからだそうだ。平太が言っていた。だから……そろそろ許してやれ』  伊織は驚いたように目を瞬くと、俺を見て「……そうなの?」と尋ねた。首肯すると、伊織は少しの間考え込んで、頷いた。 「分かった。教えてくれてありがとう」 『……ああ。じゃあ切るぞ』  伊織は電話を切り、俺を見ると、今度は優しく抱き締めてきた。 「何だ。そういうことだったんだ。言ってくれたら良かったのに」  その声はとても優しくて暖かかった。さっきまでとはまるで違った。 「言おうとしたよ。でも伊織が聞いてくれなくて……」  伊織は少し黙った。それからふと、「ごめんね」と呟いた。 「僕さ、恋愛になると周りが見えなくなっちゃうみたいなんだ。あとは話が通じなくなるとか、重過ぎるとか言われる。雫に引かれたくないし怖い思いさせたくないから、絶対束縛しない、嫉妬しない、って決めてたのに……ごめんね」 「そう……だったんだ」  独占欲の塊、という伊織の顔を俺が知らなかったのは、何も伊織が俺のことを好きじゃないからじゃなかった。むしろ逆で、俺のことが好きだから、引かれないように抑えてくれていたんだと分かった。 「引いたよね、僕のこと。それから怖かったよね。ごめんね。今後はこうならないように気をつけるから」 「ううん、引いてない。むしろ……その、ごめん」  言えない。むしろ、興奮してしまったなんて。体育着の裾を伸ばして勃起を隠していることは、バレているのかバレていないのか。こんなことに興奮してしまったことが申し訳なくて、思わず謝ってしまった。 「何で君が謝るの?」  口調の温度がにわかに下がった。伊織は俺が謝ることに敏感だ。俺は慌てて口を開いた。 「ええと、その、ごめん。俺今まで気付かなかったけど、重い方が好きっていうか……むしろ重過ぎるのに興奮しちゃうみたいで……気持ち悪いよね、ごめん」 「え?」  伊織は俺の下半身に目をやった。顔をそらすと「手、どけて?」と伊織に言われた。逡巡を重ね、俺は恐々と手をどけた。伊織はじっと見たのち、こう言った。 「触っていい?」 「え? あ、でも……」 「僕が責任をとって抜いてあげるから。ね?」 「でも……引かない?」 「お互い様だよ。それに、僕としては引かれるよりそっちの方がずっといい。相性が良いってことでしょ?」  伊織はそう言うと、「触るよ」と囁いた。  俺の体育着と下着をゆっくり下ろすと、伊織は優しく俺のものを扱いた。名前も知らないおじさんに扱かれたり舐められたりするのは、少し嫌なだけで平気だった。なのに、伊織にされると顔から火が出そうなほど恥ずかしい。 「気持ちいい?」  そう聞かれても、気持ち良さより恥ずかしさが優ってよく分からない。首を捻ると伊織は少し考え込んで、重い方が好きなんだよね、と呟いた。それからぐっと耳元に顔を寄せた。 「好きだよ雫……世界一好きだ。君は僕が必ず幸せにするから、君も僕のことだけを見ていて。目移りしたら絶対に許さない。君は僕だけのものだ。君が他の人のものになるなんてとても耐えられない。だって君はこんなにも可愛いんだから。些細なことですごく喜んでくれる君が好きだよ。君が笑顔で言うありがとうが好きだよ。儚くて消えてしまいそうだった君が少しずつ明るくなって笑顔が増えていくのを見ているのが好きだよ。すぐ無理をする危なっかしいところも寂しがり屋なところも可愛くて好きだよ。そういう可愛いところはすべて僕にだけ見せてね。他の目に晒すなんて絶対に嫌だ」  最初は俺のために言ってくれているような様子も見受けられたが、だんだん火がついてきたのか、話し方に熱がこもってきて、扱きながら俺をまた壁際まで追いやった。その瞳はさっきまでのと同じ、危ない熱に浮かされたような瞳だった。  今度こそ、腰が砕けてしまいそうになる。伊織の言葉に犯されているのかっていうくらい、言葉が俺を責め立てる。怖いくらいに感じてしまっている自分に気付いた。 「いおっ……いおりぃ……んぅ……ほんとに、やばい……それやばいっ……なんか、あっ……もうイキそう……」 「いいよ、イッて。……雫、好きだよ。ずっと一緒にいようね……ううん、君は僕が一生離さないから」  伊織は俺だけが映った瞳で、そう微笑んで、言った。俺を押し潰しそうなくらい重くのしかかるその言葉に俺は、どうしようもなく感じてしまった。気付いたら、達していた。力が抜けてしまったのか、壁に背が当たったまま、ずる、と膝から崩れ落ちてしまう。  伊織はジャージのポケットからティッシュを取り出すと、手を拭いて、床に垂れた白濁を拭いた。それからそれをとりあえずしまうと、俺に向かって微笑んだ。 「もう大丈夫? ……ってあれ? どうしたの?」 「……力、抜けちゃって……」  それを聞いた伊織は、俺の頭を撫でてから、隣に座り込んだ。 「少し休んだら、戻ろうか。お昼食べなきゃいけないから」 「……伊織?」 「どうしたの?」 「今言ったことって、その」  俺が何を言わんとしているのか察したんだろう、伊織は笑って、答えた。 「全部本心だよ」

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