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9俺の知らない顔

 最優秀賞は案の定、五組だった。六組も候補だったそうだが、直前の五組に圧倒されて戦意喪失してしまったという。  応援合戦の終了直後、次の競技まで時間があるからか、平太はあっという間に生徒に囲まれた。それから写真撮影をせがまれ、いつの間にか列がずらっと並んでしまっていた。平太はそれに、芸能人もかくやという対応をしていた。  これはスカウトされるのも頷ける。舞台祭でスカウトされたのは見ていたが、それ以前にもそれ以降にも、いくつかの事務所に声をかけられていたそうだ。もちろん全てきっぱり断ったそうだが、どう考えても向いているのに、と俺は思う。  どうしても声をかけられない。あの人垣をかき分ける勇気はない。それに、遠くから見る平太もかっこいいし悪くない。 「前園先輩、声かけないんですか」  そう話しかけられ、振り向くと、そこには会長がいた。 「いや……あの中に入っていく勇気はない」 「どうしてですか? 平太くんはきっと、先輩に声かけられるの待ってますよ! 団長とかめちゃくちゃだるいけど先輩のために頑張るんだ、って、平太くんいつも言ってましたもん」  恥ずかしくて嬉しくて、俺は思わず俯いてしまう。会長はそんな俺を見かねたのか、突然声を張り上げた。 「平太くーん!」  平太は気付いたのか、辺りを見回し始めた。そして会長と目が合い、次いで俺と目が合い――ぱっと笑顔になると、周りの人を全て掻き分けてこちらへ来た。 「真空さん! 言いたいことはたくさんあるんですけど」平太は突然ぐっと声を潜めた。「このまま俺を人のいないところまで引っ張っていってくれません?」 「え?」  つい聞き返すと、「いいから」と平太は急かした。気付けば、俺までも人に囲まれ始めている。このままじゃ話しづらいから、ということなんだろう。  俺は言われた通り、平太の手を引いて人の少ない方へと連れていった。人垣が自然に割れる。平太が「うわっ」と声を上げたので一瞬怯んだがすぐに、平太は俺に連れられて仕方なく、という体をとりたかったのだと気付いた。 「……どこまで、行けばいいんだ?」  人垣を抜けたはいいものの、その先を全く考えていなかった。すると平太は「このまま校舎内入っちゃいましょうか」なんて平然と言ってのけた。 「応援はいいのか?」 「大丈夫です。この後少し時間ありますし、最悪短距離走に間に合えばいいので」  そう言われたので俺は、手を引いて校舎内まで入っていった。  今日一日、平太と二人きりになる機会が全く無かったから嬉しい。昼休憩の時間も応援合戦の最終調整などに時間を取られてしまって、一緒に食べられなかったからだ。  校舎内まで入ったところで、今度は平太が俺の手を引っ張り、階段を登った。踊り場まで辿り着いたところで、平太はいきなり俺を壁際まで追い込んで、唇を重ねてきた。  驚いて声を出すのも忘れたが、平太が深く濃厚な口付けをしてくるものだから、徐々に声が漏れてしまった。頭の中が平太への愛おしさで埋め尽くされていく。  やがて唇を離され、とろんとした目で平太を見ると、平太は笑った。 「ずっとこうやってキスがしたかったんです」 「……ずっと?」 「はい。……俺が何のために、乗り気じゃなかった応援合戦を頑張ったと思ってるんですか? 全部真空さんのためですよ」平太は一度俺の頭を撫でた。「真空さんに、かっこいいって言わせたかったんです。どうでした、俺?」  そんなことを言われてしまったら、弱い。俯くと、「こっち見てください」と平太に顎を持ち上げられた。  間近で平太の格好を見ると、やっぱりすごくかっこいい。平太のいつもの爽やかなかっこよさもあったが、いつもと違う、男らしさに溢れたかっこよさもあった。今の俺は多分、耳まで赤くなってしまっている。 「か……かっこ、よかった、と……思う」  言葉がしりすぼみになってしまう。平太はいきなり俺を抱き締めると、しばらく黙り込んだ。 「いきなり黙って、どうした?」 「今幸せを噛み締めてるんです。ああ真空さん可愛いな、好きだな、って」  平太はずるい。素面で真剣に、こういうことを言ってくるから。恥ずかしくて何も言えなくなる。 「応援合戦で俺見てる時の真空さん、すごく可愛い顔してたんですよ。そういう顔見るために頑張ったので、その甲斐がありました」  微笑み混じりで言うと平太は「もう少しだけ、こうさせてください。そしたら戻りましょうか」と囁いた。

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