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2忘れかけていた夢
「――はい、一旦休憩にしよう。十分後に同じところからもう一回」
そう学級委員から声をかけられ、俺はすぐさまその場に座り込んだ。今は、ジーニーをランプから呼び出した後の、ジーニーとアラジンが掛け合いながら踊るシーンの練習をやっていた。
当然ながらジャスミン役の雫は出番がなく、雫はのんきに眺めているだけだった。俺に「おつー」と手を振ってくるその腑抜けた笑顔がムカつく。それくらい、真剣にダンスに取り組んだことのない俺は疲れていたのだ。
床に座り込んで荒い息を吐いていると、「平太せんぱーい、ナイスファイトっす! 先輩ってマジで経験者じゃないんすか?」と、けろっとした顔でジーニー役の史也が隣に座ってきた。経験者は違う。
役柄上絡みが多いので必然的に仲良くなったのだが、史也はかなりチャラいやつだった。渉との接し方とダンス経験者という点から薄々感じてはいたが、案の定。だがアホなので憎めないやつでもあった。
「マジで経験者じゃねえよ。つーかお前上から目線やめろ」
「ま、ダンス歴はオレの方が長いんで? その点ではオレの方が先輩じゃん的な? いやいや嘘っすよ、そんな睨まないでください!」
「いや睨んでねえし。全く睨んでねえんだけど。てかお前調子乗りすぎ。がっつり髪の毛セットしやがってよー」
そう笑いながら明るい茶髪をわしゃわしゃと乱してやると「ぎゃー! セットに何分かかったと思ってるんすか! 今日の放課後彼女とデートなんすよ!」と悲鳴を上げつつも史也は楽しそうに笑った。
「お前のデート事情なんて知らねえよ、今後俺の前でデートって言ったら殴るからな」
「何でっすか! あ、もしかしてあれっすか? 前園先輩とあんまデートできてないんすか? 受験生だから的な?」
「分かってんじゃねえか。俺だって放課後デートしてえよ……てか史也の彼女ってどんな子だっけ」
「えーと……これっす! ロック画面に設定してるんすよ!」
「へー、結構可愛いじゃん。山高の子って言ってたっけ?」
「そうっす! バイト先で知り合ったんですけど、もーこいつめちゃくちゃ可愛くってー」
「ふーん。まあこの世で一番可愛いのは真空さんだけど」
「いきなりそんなノロケられてもー!」
この学園は俺含め男と付き合ってるやつばかりなので、誰かから彼女の話を聞くのはとても久しぶりだった。そしてそれを久しぶりだと感じたことに驚いた。知らないうちに俺は、かなりこの学園に毒されている。
史也の軽いノリも久しぶりだった。ただ史也は中学の友達と違い、デリカシーがないように見えて実は気を遣って話してくれているので、こちらは気を遣わずに済んで楽だったが。
「いやノロケじゃなくて、俺の中ではただの事実。事実として真空さんが世界一可愛いから」
「すっげえ……リスペクトするっす……! よく照れずにそんなこと言えますよね! もう結婚しそうな勢いっすね!」
「しそう、じゃなくてするから。養子縁組とかして。そうすると俺が前園平太になるんだよな、まあそれもアリかなって思うけど」
「ちょ真顔! 真顔で言われると困るっすよー!」
何を言っても楽しげに返す史也相手だからか、つい渉や和泉や雫を相手にするように喋ってしまった。そんな俺を見兼ねてか「ごっめんねぇこのバカップルの片割れが迷惑かけて。平太、さすがに自重しろよ」と雫が話に割り込んできた。
「いやだって、史也めっちゃ反応良いから」
「それは分かるけど、困ってんじゃん史也。そりゃそーだよ俺でも時々困るし」
「マジ? でもお前のノロケも相当――あれ?」
ふと窓の外に目を移した時、何かが光った気がした。多分光の出所は、向かいのテナント募集中と掲げられたビルだ。
「どしたの平太。いきなり」
「いや……向こうでなんか光った気が……気のせいか。てか何の話してたっけ。真空さんが可愛いって話だっけ」
「違うっすよー! 史也くんのダンス超上手い! 史也くん天才! って話っす!」
「んな話してねぇから」
雫が軽く小突くと「いってええ! 雫先輩ひどいっすー!」と史也は大げさに痛がってみせた。
「まあでも、マジで上手いとは思う。自分で言うことじゃねえけどな」
「いやいやー、オレ本当に上手いっすから。……ま、まだ目標達成するには全然足りないんすけどね」
いきなり声色が変わったのに驚き「目標って?」と尋ねると、史也は自信満々に答えた。
「オレ、プロのダンサーになるんです! 絶対! ちっちゃい頃からの夢っすから!」
そう宣言してから、「平太先輩は、何か夢あるんすか?」と尋ねてきた。
「俺? 俺は、給料がそこそこ良くて週休二日のホワイト企業に終身雇用してもらうのが夢」
「夢なさすぎっすよー! もっとビッグな夢見ましょーよ!」
「いやいや。このご時世、十分ビッグな夢だと思うぜ?」
「やめてほしいっす! 夢見させてくださいー! それで雫先輩は? 何かあるんすか?」
「え? 俺? 俺はー……何だろうな……」
雫はそれまでにやにやしていたのに、そう聞かれた途端に顔を曇らせた。どうしてだろう、と思ったその時「はい、休憩終わり! 練習再開しまーす」という学級委員の声が聞こえ、会話を終えざるを得なくなった。
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