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1こんな服装なんて聞いてない

「おーおはよ。芸能人サマは忙しいねぇ」  文化祭の前日であり舞台祭の次の日、昼頃から学校へ行くと、にやにやと笑った渉がそうわざとらしく言った。教室に入った途端、一気に視線が集まる。 「っせえな」と言いながら渉をひと睨みし、渉の近くの椅子に座る。 「今日契約してきたんだっけ?」 「そ。仮だけどな。色々本格的に話詰めるのは文化祭終わった後だって」 「へー。なんかすっげーな、俺マジでお前が俳優になるとは思わなかったわ。ま、とりあえず、売れたら焼肉奢れよ」 「はいはい。売れたらな」俺はそう苦笑してから、周りを見回した。「そういえば和泉と雫は?」  文化祭準備とは名ばかりでもうあらかた用意が終わってしまったクラス内は、ただの休み時間となっていた。大方、出席がとられるから来たはいいけどやることがない、ってところだろう。 「ああ、今着替えてもらってる。多分そろそろ来る頃だと――」  噂をすれば、教室のドアがそろそろと開いた。そこから顔を出した二人は―― 「……ね、ねえ、僕たち本当にこれ着て接客やるの……?」 「俺……こういう趣味ねえんだけど」  本当に二人なのかと考えてしまうほど、自然にメイド服を着こなした二人だった。 「じゃ、文化祭何やるか決めまーす。皆候補出して」  夏休み前、渉が少しだるそうに言った言葉に、皆は勢いづいて候補を挙げた。挙がったのは、お化け屋敷や迷路やカフェといったベタなものから、カジノ、縁日など、様々なものだった。 「色々挙がったな……ところで聞きたいんだけど、文化祭の出し物で学年一を取りたい人は手挙げて」  文化祭の出し物の順位は、生徒投票とお客さん投票で決まるものだった。渉の問いにほぼ全員が挙手をする。そりゃそうだ、この行事の盛んな学園で、文化祭という一大イベントがどうでもいいと思う人なんていない。  渉はそれを見て、したり顔で頷いた。 「だよな。俺もやるからにはとりたい。で、俺なりに考えたんだけど……うちのクラスはこれやるのが一番だと思う」  渉はカフェという文字の上に「執事」と書き足して丸をした。 「櫻学じゃド定番な出し物になっちゃうんだけど、うちには平太と雫と和泉がいるだろ? こいつらに接客させればもう勝ちだと思う」  そう渉が言うと、クラスはわっと沸いた。もちろん俺にとっては寝耳に水だった。 「っざけんじゃねえよ渉! そんな面倒くせえことやるかよ!」  渉は当然俺の反応を予測していたようだ。俺の耳元にぐっと顔を寄せると、囁いた。 「文化祭終わったら執事服はお前にやる。それからもちろんシフトだって考えてやるから……先輩と屋上で何やっても家で何やっても構わねーよ」 「それなら……やってやらなくもない、けど……」  面倒なのは嫌だが、それは俺にとっても悪い話じゃない。渋々頷くと「っしゃ!」と渉はガッツポーズをした。 「ほら平太がやるってよ、お前らもやろーぜ」  雫は苦い顔をしたが、和泉は「ぼ、僕がクラスの役に立てるなら……やる!」と勢いよく言った。和泉がそんなことを言った手前拒否することはできなかったのか、苦々しい顔で雫は承諾した。 「はいはい! でも三人だけじゃさすがに少なくね? 飲み物と軽食用意する人と接客する人と会計と受付を分けて、この三人には接客してもらうとしても……午前午後でシフト分けるなら、最低あと一人は接客に必要だと思う」  クラスメイトの言葉に「そこなんだよなー……」と渉は苦い顔をした。 「お前やれよ、渉」  仕返しのつもりでそう言うと、クラスはにわかに色めきたった。 「はあ!? おっま……俺がそんなこと……」 「お前が言い出したんだろ? だったら責任とれよ」  嘘だろ、と顔を引きつらせていた渉だったが、もう後には引けないことを悟ったか、渋々頷いた。 「はーい!」と次に挙手をしたクラスメイトは、こんな爆弾を投下した。 「ただの執事カフェじゃ面白くないじゃん? だから館野と夏目が執事じゃなくてメイドやるのはどう?」  さらにクラスは盛り上がったが、当然困るのは名前を挙げられた本人たち。二人は「は?」だの「え?」だの、それぞれ驚いた。  しかし盛り上がってしまったクラスは収拾がつかず、ついには名前のコールまで始まってしまった。それで二人は雰囲気に引きずられるようにして承諾するしかなく――今に至る。

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