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3こんな服装なんて聞いてない

「うーん、やっぱ俺天才かな」  文化祭当日、執事服に着替えた俺を見て、あながち冗談でもなさそうに渉は言った。どうやら、自作の執事服が思いのほか俺に似合っていて嬉しかったようだ。  渉は俺に執事服を着せるだけでなく「執事っていったら黒髪だろ」と謎のこだわりを発揮して、俺に許可も得ずにスプレーで黒染めしてしまった。何でも渉の姉が好きな執事キャラが黒髪なので、そういう印象を持っているらしい。知らないうちに姉の好みを植え付けられているとは。コスプレ衣装を作るのを手伝わされる話からもうかがえるが、オタクの姉を持つとなかなかに大変そうだ。  そしてそれが予想以上に似合っていたそうで、渉はその勢いのままノリノリで俺の髪型をセットした。気付いたらオールバックになっていたし、渉に銀縁眼鏡をかけさせられた。もちろん度は入っていない。 「天才とまでは言わないけど、すげえと思う」  鏡を見ながら俺は思わず呟いた。女子でもないので文化祭当日の朝にわざわざトイレで身だしなみを整えに来る生徒は少ない。なので、実質俺と渉でトイレを貸し切っていた。 「だろ? やっぱ素材が良いと衣装作るのは楽しいわ!」  自分も同じものを着ているというのに、それは全く頓着していない。やっぱり渉は、自分が着るよりずっと人の衣装を作って着せる方が好きなんだろう。  相当出来が良かったのか、渉のテンションはかなり上がっている。渉は俺を頑なに褒めたがらないのに、褒めてしまっていることに気付かないほどに。舞台祭の衣装を最初に着た時と同じくらい楽しそうだ。 「でもなんか、ドS感が増したよな。眼鏡のせいか? 典型的なドS執事って感じする」 「そうか?」  典型的なドS執事がどんなものなのかあまり分からなかったので首を捻ったが、姉の趣味に付き合わされる渉が言うのだから間違いはないだろう。俺としては、真空さんが喜んでくれるのなら何だって良い。 「どーだ! 俺の最高傑作を見よ!」  そう高らかに宣言しながら、俺の背を押し、渉は勢いよく教室のドアを開けた。相変わらず渉は楽しそうだ。開いた瞬間、教室内がざわついた。 「す、すごいよ渉くん! 平太くんが平太くんじゃないみたい!」  和泉がきらきらした顔で駆け寄ってきた。髪色も変わって眼鏡もかけているから、他人の目から見ても相当印象は違うのだろう。  そう言う和泉も、昨日以上に印象が違って見える。和泉は昨日、薄い茶髪の緩い巻き髪をウィッグを被っていたのだが、今日はさらにリボンを編み込んだハーフアップ姿だ。これは渉の趣味だろう。現に、渉は和泉を見てデレデレしている。 「へーいたっ」  そう背後から声をかけられ、振り向くと雫がいた。昨日以上にずっとスカートが短くて、軽く化粧までしてある。雫を知らないやつは、男だと言われても信じられないだろう。 「どうしたんだよその化粧」 「これ? 自分でやった。こーゆーの好きなやつもいるから最低限はできるんだよね」  何気ない調子で雫は言う。化粧の仕方をどういう意図で学んだのかは、聞かないことにした。 「どうどう? 似合ってる?」 「いや……パンツ見えそうだけどいいの? 小深山先輩になんか言われねえ?」  小深山先輩なら、まるで男を誘うようなこの格好の雫を見たらキレそうだ。それを聞くと雫は「あー……それは……」と言葉を濁した。  雫の反応からいって、小深山先輩がキレるのを分かっていてこの格好をしていそうだ。また嫉妬して欲しいとか馬鹿なことを考えているんだろう。だから俺はこれ以上何も追求しないことにした。 「可愛い?」  雫がわざとらしく尋ねてくる。  この世で一番可愛いのは自信を持って真空さんだと言えるが、正直雫の顔はかなり好みなのだ。本人に昔言ってからというものの、しょっちゅうからかうネタにされる。 「さあな」 「しょーじき、かなり可愛いと思うだろ? お前俺の顔好きだもんなー?」  面白がる気満々の顔で雫が言う。こういういじり方はタチが悪くて嫌だ。 「うるせえな、離れろ」 「焦ってる平太すげえ面白いからやだ」  にやにやしながら言う雫だったが、ふと悪戯を思いついた顔になった。そして、うるうるとした上目遣いで俺のことを見つめてきた。 「ご主人様?」  メイド服で言われるとシャレにならない。あろうことか一瞬動揺してしまった。勘弁してほしい。雫はそんな俺の反応を見てドヤ顔をしてきた。  ――そんな雫の表情は、突然開いたドアから入ってきた人物によって、凍りついた。

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