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4こんな服装なんて聞いてない
「……雫?」
絶対零度の声が突き刺さる。ドアが開いた先にいたのは、小深山先輩だった。少し様子を見にきたのだろう。
小深山先輩はすごい。呟くように一言発しただけなのに、教室内が水を打ったように静まり返った。
「あ……伊織」
凍りついた顔で雫が振り向く。小深山先輩は、さして慌てる風でもなくむしろ、悠然とこちらに歩いてきた。
雫のせいで俺まで分かってきたが、小深山先輩はキレている時ほど鷹揚に構える。つまり、この状況はかなりやばい。格好ももちろんだが、雫は今俺に必要以上に接近してしまっている。
「雫、今何をしてたの?」
「えっと……平太と、ちょっと話してた」
「それが『ちょっと話してた』距離?」
雫は慌てて俺から離れた。小深山先輩がちらりと俺を見てくる。柔らかい表情だが、目が笑っていない。
「お、俺は何もしてなくてっ……こいつが、可愛い? とか何とか言いながら、こう迫ってきて……」
声が少し上ずってしまった。キレた小深山先輩相手は、未だに慣れない。慣れたくもない。
「本当?」
雫が頷いたのを見て、小深山先輩は畳み掛けた。
「何で?」
「ええと、その……」
「何で? 何で僕がいるのに明塚くんに迫るの?」小深山先輩は雫の耳元で囁いた。「やっぱり明塚くんなんだね。そんなに明塚くんの方がいいの? そんな服装してるのも明塚くんのためなんでしょ? 男を誘うような服装して。ねえ雫、どうして僕だけを見てくれないの? 何が足りない? 明塚くんがいなくなればいいの? 明塚くんが消えればいいの?」
――何だっていいが、勝手に俺を消すのは勘弁してほしい。
「ちが……俺はいつだって伊織が一番だし、平太はただ単にからかってただけだから」
「じゃあ何でこんな服装してるの? 自分が今どんな服装をしてるか分かってる? こんな煽情的な服装をして誰を誘うつもり? 僕は悪い虫がつくだろうから君の女装は絶対に反対だったんだ。でも文化祭だし口を挟むのは無粋だと思って必死に堪えてきたのに、なにそのスカート丈と化粧? 君は自分の魅力を自覚するべきだよ。君がそんな服装をしているなんてどうぞ自分を襲ってくださいって言ってるようなものでしょ? どうして僕以外の男の前でそんな服装するの?」
「俺はただ、伊織に――」
雫の言葉を一切聞かずに小深山先輩は雫を抱きしめた。
「僕は君のこんな可愛い姿を不特定多数の男の目に晒すなんて耐えられない。本当は君の姿を僕以外の誰かに晒すことすら嫌だ。いっそ君のことをどこかへ閉じ込めてしまいたいくらいだ」
小深山先輩が今言ったことはかなり危ない。犯罪臭がする。だが言われている本人が陶酔したように「いおりぃ……」と呟いているので、構わないのだろう。
二人の世界を邪魔するようで悪いが、雫が弁解するどころか陶然として小深山先輩の胸に抱かれているので、一応代わりに弁解してやろうと思う。本人たちは周りが見えていないからいいのだろうが、このまま注目を浴び続けるのは俺の居心地が悪い。
「あの、小深山先輩。雫がそんな格好してるのは多分、先輩に可愛いって言ってもらいたかったのと嫉妬してもらいたかったんだと思いますよ?」
「……そうなの?」
小深山先輩が雫を離して問いかける。雫がこくりと頷くと、小深山先輩はようやく、ほっとしたように微笑んだ。
「何だよかった。とっても可愛いよ、雫。でも不安になるからあんまりこういうことはしないでね?」
「……うん、ごめん」
今のは不安になるというレベルじゃないだろうとか、この調子だと雫は懲りずにまたわざと小深山先輩を嫉妬させるだろうとか、浮かんだ無粋なことは俺の心の中にしまっておいた。
「ところで小深山先輩、ここに来たのは先輩一人ですか?」
小深山先輩がいるなら真空さんもいるだろうと思っていたが、期待外れだっただろうか。
しかし小深山先輩は「え? 真空なら一緒に来たはずだけど――」とドアの方を振り向いた。そこには――ぽかんとした顔の真空さんが、俺を見つめて立ち尽くしていた。
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