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6こんな服装なんて聞いてない
一日目が無事に終わり、二日目も無事に終わった。三日目、俺は浮かれていた。
なぜなら後夜祭が終わった後、真空さんがうちに泊まりに来るのだ。真空さんはそのために、本来今日やるべき勉強を全てきっちりこなしてくれたのだという。兄貴も気を利かせて今日は千紘さんのところへ泊まりに行っている。そうして泊まりに来たら、一日目の文化祭前にやったイメージプレイの続きだ。
しかしそんな俺とは対照的に、渉はやけに沈んでいた。何かを怖がっているようにも見えた。理由を聞いても「なんでもない」しか言わない。一体どうしたのだろう。
その謎は、正午に近い頃、もうすぐ俺と雫のシフトが終わる頃に解けた。
その時教室へ入ってきたのは、一組の女友達らしき二人組。女子大生っぽい。別に特段変わった様子はない。――会話の内容以外は。
「てゆーかここイケメン多くない?」
「それな。渉がいっつも言ってるくらいだから相当だろうなとは思ってたけど……イケメン男子高校生がこんなに拝めるとか、あたし生きててよかった」
「めっちゃわかる。てか渉くんどこ? いなくない?」
「んー、あいつ午前にシフトがあるって言ってたんだけどなー……嘘ついたのかな。とりあえず渉見つけるまで居座ろ」
「おっけー」
接客をしながら聞こえた会話で、俺は察した。そうか、渉は姉が来るのをずっと嫌がっていたのか。
不意に「すみませーん!」とその二人が座った机から声がした。雫を見るが、雫は今まさに別のテーブルで注文を聞いていた。俺はため息を吐いて、渋々そこへ向かった。
「ご注文をお伺い致します」
どう接すればいいのかわからず俺は機械的に応対しようとした。が、俺を見た瞬間にその二人は一気にテンションを上げた。
「うっそ、超イケメン! やっば! 今日イチだよ!」
「それな! てかすっごいオリヴァーに似てない⁉︎ そこらのレイヤー以上にオリヴァーじゃない?」
「めっちゃ分かる! もうリアルオリヴァーでしょ!」
俺を置いてひとしきり騒いだ後、彼女らはすっと落ち着いて、二人揃って「尊い……」と呟いた。俺はなんて言っていいのか分からず、ただただその場に立ち尽くした。
「ええと……」
俺が戸惑っているのを見て、二人のうちの片方が申し訳なさそうに言った。
「あ、ごめんね。君があたしの推しキャラに似ててさ。本当に申し訳ない」
彼女はよく見ると、目元や口元が渉に似ているような気がした。こっちが渉の姉だろうか。
「いえ。……あの、もしかしてその推しキャラって、ドSの執事ですか?」
そう言うと彼女は目を丸くして「オリヴァー知ってるの?」と言った。それで察した。渉が黒髪のオールバックに銀縁眼鏡、という格好を典型的なドS執事だと言ったのは、姉に害された結果なんだろう。
「知ってる訳じゃないんですけど、俺の友達がそんな感じのことを言ってて」
「友達……ってもしかして、加賀美渉って名前じゃない?」
俺は迷った。ここで素直に答えるのは、渉を売ることにならないだろうか。迷ったが、結局素直に頷いた。
「うっそマジで? あ、あたし渉の姉の、加賀美咲って言いまーすよろしくね! 君名前は?」
「俺は明塚平太って言――」
言います、と言い切るよりも先に「君がっ!」と渉のお姉さんはきらきらした顔で言った。
「君が明塚くんなのねっ! うんうん、渉から話は色々聞いてるよ! しっかしまー……予想の二倍くらいイケメンだった」
「明塚くんって、咲が前話してた渉くんの友達って子?」
「そーそー。やば、あいつこんなイケメンと友達だったなんて……なんかすっごく悔しい。渉の分際で……」
「……あの、渉は俺のことをなんて?」
すると渉のお姉さんは少し考えて、答えた。
「ムカつくくらいイケメンで死ぬほど面倒くさがり屋だけど愛想を振りまくのは天才的に上手くて器用で……あと君先輩と付き合ってるんでしょ? ええと確か……容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能で育ちの良いクールビューティな先輩をたらし込んでるって渉が言ってた」
「たらし込んでる……ええと、他には何か」
「他にはねー……ドSで絶倫で巨根のスパダリって言ってたよ」
「何それ、ド攻めじゃん。超萌える」
「分かる」
仮にも異性にそんなことを言われた俺はどんな反応をすれば良いのだろうか。顔がひきつるのを必死に抑えることで精一杯だった。
「あとは……あっ! 芸能事務所に入った子だって聞いた! ちょ、今のうちにサインもらっといていい?」
「待って待って、私も!」
「ええと、まだ仮契約で、サインなんて考えてなくて……」
「いいからいいから! ちょっと名前書くだけで――」
「――姉ちゃん!」
怒ったような渉の声が聞こえた。時間を見ると、もう渉、和泉と俺、雫が交代する時間だった。
「あっ渉! 今のあんた結構イケメンじゃんウケる。まあ明塚くんには及ばないけど」
「んなこと俺が一番分かって――じゃなくて! 何でここにいんだよ! あと何で平太に絡んでんだよ!」
「何でって、あんたの顔見にきたからに決まってんじゃん。あとイケメンだから絡んでるに決まってんじゃん」
「決まってんじゃん、じゃねーよ! 全く……だから今日憂鬱だったんだ……」
渉は頭を抱えた。渉も災難だっただろうが俺も災難だった。
「ねー、もう交代?」
その時、雫がそう言いながらこちらへ寄ってきた。なんというタイミングの悪さ。案の定彼女たちは「マジやばい! 超美少女――あれ? 男子校?」「じゃあリアル男の娘? やっば!」と騒ぎ出した。
結局その後来た和泉にも騒ぎ、全員写真を撮られ、あまつさえ俺は「オリヴァー」とやらの台詞を言わされその動画を撮られ……なかなか疲れる二人だった。
最終的には「あたし自慢じゃないけどフォロワーたくさんいるから! 君が有名になり出したちょうどいいタイミングでこの動画と写真ツイートしてバズらせてあげる!」とか何とか言いながら去っていった。ちなみにその拒否権はなかった。
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