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7こんな服装なんて聞いてない
「何か……嵐のような人たちだったな」
憔悴したように雫が言う。俺も同意見だ。三日目の今日は小深山先輩も真空さんも来ていなくて、全員参加が義務付けられている後夜祭から来るのだそうだ。だから俺と雫で回ることにしていた。
しかし一難去ってまた一難。文化祭定番のお化け屋敷の列に並んでいる時、向こうから男三人組が歩いてきた。彼らはすれ違う人の視線をことごとく集めていた。それは彼らが、茶髪、金髪、白髪という目立つ頭をしているからだろうか。それとも彼らが揃いも揃って高身長のイケメンだからだろうか。
彼らは俺たちを見つめ、驚いたように、あるいは嬉しそうに駆け寄ってきた。誰だ――とは考えるまでもなく俺と雫の中学の友達の、飯塚佑太郎、城之内賢、赤原紅輝だった。
「平太ーっ! 久しぶりだなこのヤロー!」
そう言いながら佑太郎に、肩に手を回された。近くの人、主に櫻学生の視線が集まる。唐突なハプニングに一瞬顔が引きつりそうになるのを抑え、俺は同じようににやっと笑ってみせた。
「佑太郎! 久しぶりだな!」
雫はというと視線を逸らしている。メイド服を着ているから、バレたくないのだろう。そんなことをしててもいつかはバレると思うが、雫だとバレたらどうするつもりなんだろうか。
「賢とアカも――てかアカがシロになってる! お前どうしたんだよ!」
アカは、赤く染めていたはずの髪を元の色――脱色とは違う、アルビノ特有の真っ白な髪の色になっていた。
元々アカは自分がアルビノだということに強いコンプレックスを抱いていたのだという。気味悪いだの儚げだのと言われるのが嫌で人を避けていたと。それを、入学当初の俺の言葉をきっかけに赤く染め、今のように明るくなったのだそうだ。
だというのに。今のアカは元の白髪に戻している。何があったのだろうか。
「あー、これ? これは……」
「失恋したから髪色戻したんだろ?」
ニヤニヤ笑って佑太郎が言う。アカは顔を引きつらせて思いっ切り佑太郎に蹴りを入れた。……今のは、さすがにデリカシーがなさ過ぎたと思う。
「髪色っていえば、平太、黒染めした?」
薄っすら微笑んで、賢が問う。頭が良すぎるせいだろうか、相変わらず賢は何を考えているのか分からない。
「いや、これは友達に無理やりスプレーで」
「その友達って、加賀美渉?」
「えっ? 何でそれを……」
「そりゃ、俺はお前のことなら何でも知ってるし」
顔が引きつるのを抑えられなかった。賢独特の笑えない冗談だとは分かっていたが、それでも。
案の定賢は「ふはっ」とふきだした。いつもの笑い方だ。
「冗談だよ。俺、その加賀美渉って人の友達と仲良いんだよね。その人から聞いたことない? 英照に友達いるって」
「そんなこと……ああ、確かに聞いたことある気がする」
文化祭準備の日、いつだったかは忘れたが、渉は友達に漫画を貸すんだと文化祭準備を抜けたことがあった。確かその友達が、英照だと言っていた気がする。こんなところで繋がるとは、世間は狭い。
「てか佑太郎、お前は彼女の文化祭とかいいの?」
女好きの佑太郎なら当然彼女を途切れさせないだろうと思って、俺はそう尋ねた。すると佑太郎は、相変わらずのニヤニヤ笑いで答えた。
「カノジョの文化祭なら終わった」
「終わった? へえ、その子どこの高校?」
「白堀」
「一緒?」
「おうよ!」
佑太郎が名前を挙げた白堀高校とは、佑太郎とアカが通っている不良高校だ。以前佑太郎は「白堀はブスばっかでつまんねーよ!」と喚いていたが、誰か可愛い子でもいたんだろうか。
「どんな子?」
「んーそうだな、とにかくバカ。単純バカ。バカだしアホ」
「お前以上に?」
「間違いねぇな!」
「確かにそうかもね」
佑太郎の自信満々な言葉に賢も同意する。賢は含みのある笑顔を浮かべている。アカは、何も言わない。心なしか不機嫌そうだ。
「え? 賢も知ってんの?」
「ああ。平太も知ってるはずだよ」
「俺も知ってる……? 他には? その子可愛い?」
「可愛い……っていうか、めちゃくちゃ顔は綺麗。あとは、バカだけどとにかく良いやつで不器用で抜けてる。ま、そこが可愛いんだけどな!」
面食いの中の面食いである佑太郎にそこまで言わせるとは、相当な美人なんだろう。そう考えている俺の耳に、アカの慌てたような声が飛び込んできた。
「お、おまっ……何を……」
「なに? 俺の本心だけど?」
「本心って……っざけんなよ……」
照れたようなアカの顔を見て、俺の頭の中にはあるありえない仮説が浮かんだ。
「お前の彼女って……アカ?」
否定してもらおうと尋ねたが、佑太郎は「だいせいかーい!」と笑った。
「いやいや、マ――」
「マジで⁉︎」
俺が聞き返そうとしたその時、思わずといった調子で雫が口を挟んだ。挟んでから、あっと口を塞いだ。自分から墓穴を掘ったな。
アカと佑太郎はまじまじと雫を見つめ、同時に「雫?」と驚いたように尋ねた。雫はだらだらと冷や汗をかいた。賢は相変わらず、含みのある微笑みを浮かべている。
「嘘だろ……マジで雫だ。超久しぶりだな! 何年ぶりだよ! つーか何で声かけてくれねえんだよ!」
「いやだって……格好が格好だし」
純粋に嬉しそうなアカに対して、雫は気まずそうに視線を逸らす。佑太郎はというと、雫をじっくり観察した上でぽつりと呟いた。
「俺、雫に告っときゃよかったなー」
冗談にしてもタチが悪すぎる。雫とアカが同時に顔を引きつらせた。
「佑太郎……さすがにタチ悪いぜその冗談」
「冗談じゃねぇよ、今のお前めちゃくちゃ好み……頼む! 一回でいいから抱かせ――いってぇ!」
「俺の目の前で他のやつ口説くな、って、何回言えば分かんの?」
「う、嘘に決まってんだろマジになんなよなー……」
「んなこと言って、お前何回同じことした? 次やったら今度こそ本気でぶっ殺すからな」
アカは本気で佑太郎を睨んだが、佑太郎は「うー、怖」とにやつきながら肩をすくめるのみ。何だかんだで相性はいいのかもしれない。
「お、俺のことはいいから……お前らどんな経緯で付き合い出したの?」
「ええっと」と口ごもるアカをよそに、佑太郎は何気なく言った。
「アカが平太に振られて白い髪に戻してガラにもなく落ち込んでんのが、なーんかこう、クるものがあってさ。で、一発ヤったら元気になるだろーって俺が襲って……正直、悪かったとは思ってる。処女の上に童貞だとは思わなくってさぁ……男とはなくても女となら一回くらいヤったことあるだろうって」
「ほんっとに……あの時は本気でぶっ殺してやろうと思ってた」
「さすがに申し訳ねぇなって思ったけど、アカが俺のこと好きになりゃ問題ないんじゃね? と思ってあの手この手で口説いてるうちにどっちもその気になって……で、今こうしてるって訳」
奔放な佑太郎に呆れるべきか、流されやすいアカに呆れるべきか。何にせよ、理由がアホすぎる。当人たちは真剣なんだろうけれど。
「……ああ、そう」
俺はそれしか言えなかった。
「てかお前らさ、ここお化け屋敷の列なんだけど。いいの? お前らも入んの?」
そろそろ順番が来そうだったのでそう言うと、佑太郎が「あっマジか! まあいいや、入ろーぜ!」と言ったのをきっかけに、結局その日は五人で回ることになった。雫と二人でいる時以上にずっと多くの視線を集めたのは、いうまでもない。
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