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10勝手な期待と独占欲
明塚はまたため息を吐いたかと思うと、いきなり俺のネクタイを掴んで引き寄せ、耳元で囁いた。
「……先輩の体は俺のもんですから」
独占欲を色濃く滲ませたその声に、腰が砕けそうになる。
「……わ、分かってる」
声が震えないように答えるのに必死だった。
明塚が独占欲を露わにしたのは初めてのことで、胸が苦しくなり、顔が熱くなる。
でも。少し複雑な部分もあった。
『先輩の体は俺のもんですから』と明塚は言った。
どうせなら『先輩は俺のもんですから』と言われたかった。
所詮体だけか、と失望してしまうのは抑えられなかった。ーー俺が勝手に期待しているだけだが。
でも考えてみれば、この性癖に付き合ってくれることだけでも、奇跡に近いようなものだ。
俺は一生、これを隠さなきゃいけないんだと思っていた。
これだけでも感謝するべきなんだろう。それ以上を期待なんてしないで。
ーーと、割り切ろうとしても割り切れず、もやもやしたものは残ったままだったが。
「……嫌なんですよ。先輩が他の人にエッロい顔晒してんのが」
少し不機嫌そうに吐き捨てる明塚。その声色が嫉妬しているみたいで、どくんと心臓が鳴った。
明塚はそう言うと、しばらく黙った。
かと思うと、不意に口を開いた。
「先輩、真空さんって呼ばせて下さい」
「……えぇ!?」
名前で呼ばれたりなんかしたら、それこそ心臓がもたないかもしれない、と思い焦った。
俺が驚いたのをどうとったのか、弁解するように明塚は言う。
「大丈夫ですよ、二人の時しか呼びませんから」
……それはそれで心臓がもたなそうだ。
でも実は、名前で呼ばれたかったし、呼びたかったのはある。
ーーこの機会を逃す訳にはいかないんじゃないか。
「……じゃあ、その……俺も平太、で……」
「いいですよ」
恐る恐る言うと、明塚はあっさり肯定した。
……もしかして、特別に意識しているのは俺だけか。そう思うくらい明塚の返答は淡白だった。
「……じゃ、俺そろそろ行くんで」
そう言いながら立ち上がり、扉に手をかけた時、不意に振り向いて明塚は笑った。
「また後で、真空さん」
明塚はそう言うと、何事もなかったかのように平然と去っていった。
ーー今のは卑怯だ。
俺は一気に顔が熱くなるのを感じた。
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