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1こんなに不器用な俺だけど
思えば俺は、千紘に甘えっぱなしだ。
辛い時には愚痴をこぼして、泣きついて、やけ酒に付き合わせて。なんでもいいから俺のこと褒めてと無茶ぶりをしても、「はあ?」なんて顔をしかめつつこっちが気恥ずかしくなるくらい褒めてくれるし、果てには連絡なしで家に押しかけて「なんか食わせて」と言っても「ふざけんなよ」なんてぶつくさ言いつつ少し凝った料理を出してくれる。
俺が千紘に何かしてあげられないかと聞くと「お前が俺にだけ甘えてくれるだけですげえ嬉しいから」や「いいんだよ、誠人は黙って俺に甘えてろ」なんて言うばかり。
千紘が本当にそれでいいんだとしても、俺の気が済まない。これでも俺は、女の子といる時は甘やかす側だった。そんなことを言ったら多分「他のやつと俺を一緒に考えんな」なんて怒られるけど。
「本当にさ、どーしたらいいかな……」
「それさ、悩み相談じゃなくてただのノロケだよね?」
同じ学部で仲のいい佳奈は呆れたように言った。関係を持っていた人の中でも数少ない――唯一かもしれない、今でも仲のいい子だった。
こう言うと誤解を招きそうだが、佳奈は俺のことを何とも思っちゃいない。俺だってなんとも思っちゃいない。実際、付き合っていた時だって何人もの他の男といたし、俺のことをどう思ってるのか聞いたら「デート要員」なんて言っていた。
こういう関係を終わりにして友達に戻ってほしいと言った時も、スマホの画面をスクロールしながらの「りょ」で終わった。それから千紘の話をした時も「マジ? ウケる」で終わった。
佳奈は指にくるくる髪の毛を巻きつけながら言う。
「何もしなくていいって言ってんだから、その言葉に甘えとけばよくなーい? 水野くん別にあんたに見返り求めてる訳じゃないでしょ」
「それじゃ俺の気が済まない。千紘の誕生日近いのに何すればいいか全っ然わかんないしさ」
「今までは?」
「何だったっけ……ああ確か、0時におめでとーって送ってお菓子渡してた。で、去年はそれどころじゃなかった」
「それでいーじゃん」
明らかに適当な佳奈の返事に溜息を吐きそうになって、何とか堪えた。
そもそも、元カノの佳奈が元カレの「彼氏」の相談に乗ってくれること自体、奇跡的だ。感謝する筋合いはありこそすれ、呆れる筋合いはない。それに、男のことは下手に男友達に聞くより、佳奈に聞いた方がずっとあてになるのだ。
「てかしょーじきさ、あたしが真剣に誠人の相談に乗る義理ないんだよね。それからメリットもないじゃん」
佳奈はそう言うと、にやっと笑った。間違いなく、何かふっかけてくる時の顔だ。
「言っとくけど金はないよ?」
「もー、あたしを何だと思ってんの? 欲しいものあったら別の男に買ってもらうわ。わざわざ家計がやばいってやつに貢がせないしー」
「じゃあなに? 抱いてって頼みも無理だけど」
「分かってるよー、あんた水野くんにベタ惚れじゃん。そーじゃなくってさ、誠人あれ見てる? ほら、火曜十時からやってる――」
その切り出しで悟った。十中八九平太に関することだ。
あいつは「オーディション一応受かったけどさすがに端役だぜ? あんま期待すんなよ」と釘を刺してきたが、実際放送されてみるとなかなかに存在感のある役だった。また「受かったのはたまたまだから」と謙遜していたが、かなり名の知れた若手俳優も何人か参加していたと聞いた。
そんな役に無名の新人が抜擢されたものだから、話題性は抜群だった。結果、朝の情報番組やバラエティへの出演オファーが来るくらい、一気に有名になったのだ。
俺が言うのも何だが、あいつは天才だと思う。普通はそんなオーディションに合格しないし、仮に合格してもこんなに人気にはならないだろう。自慢の弟だ。気恥ずかしくて言っていないが、平太の出ている番組を全て録画しているのはバレているかもしれない。
「あーうん。それで平太に何してほしいの?」
「え! やっぱ誠人って明塚平太のお兄ちゃんなの? マジ?」
自分で聞いておきながらどうしてそんなに懐疑的なのか、と俺は苦笑したくなった。
「顔似てるでしょ? あと苗字一緒だし。てか佳奈何回もうちに来てるから、一回くらいは平太に会ったことあると思うけど」
「嘘でしょ! そうだっけ……あ、でも確かにめっちゃイケメンの弟がいた気が……あれが明塚平太? うっわ、もっと仲良くなっとけばよかった……」
「で? 平太がどしたの」
「明塚平太に会わせてほしいなーって。あたし明塚平太のファンになっちゃってさぁ。もちろんタダとは言わないから! あたしがあんたのプレゼント代持つから! お願い!」
平太が了承してくれさえすれば、俺にとってはメリットしかない話だ。俺はその提案を一も二もなく引き受けた。
「財布?」
「そ。高いやつじゃなくて使い勝手いいやつね。それか洋服とか」
「アクセサリーとかブランド品とかは?」
「あたしの経験則だとねー、水野くんみたいなタイプはそーゆーのイマイチ喜ばないかも。女の子だったらそれで間違いないけどね」
そうなんだ、と相槌を打ちつつ、買い物に佳奈を付き合わせてよかったと思った。俺がプレゼントを渡すのはもっぱらそういうもので喜ぶ女の子ばかりだったから、俺一人だときっとそれを選んでいた。
佳奈はその日機嫌が良かった。平太に会えたからだろう。
店で財布を見ながら、ふと佳奈が尋ねた。
「てか水野くんの誕生日いつ?」
「十月三十一日。あさって」
「ハロウィンなの? ウケる。じゃあもう仮装して俺がプレゼントだって言えばいーじゃん」
「ふざけてんの?」
「いやいや。水野くんでしょ? 意外と喜ぶかもよ?」
にやにやして佳奈が言う。一瞬想像して、恥ずかしくなってその想像を打ち消した。そんなこと俺にできるはずがない。
俺は誤魔化そうとたまたま近くにあった財布を手にとって「あ、これは?」と尋ねてみせた。しかしそれは恐ろしくセンスの悪い財布で、佳奈は思いっきりふきだした。
「あっはははは! いいんじゃない? すっごい面白いじゃん! いいよいいよ! もうそれにしよ!」
「うるさいなぁ……ちょっと今の忘れて」
俺はきまりが悪くなってそっぽを向いた。結局、佳奈には財布を買って店を出るときまでずっとからかわれ続けた。
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