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2こんなに不器用な俺だけど

「なんか千紘機嫌悪くない? どうしたの?」  次の日、俺は学食で千紘にそう尋ねた。今日は特に機嫌が悪い。一体何があったのか。 「……別に?」  千紘はそう答えたが、明らかに何かに対して怒っている。俺に対してかもしれない。しかし見当がつかない。 「ねえどうしたの? 俺なんかした? それとも何か悩みある訳?」 「……別にって言ってんだろ」  舌打ちでもしそうな勢いで千紘が言う。しかし俺が千紘を見つめていると、千紘はやがてため息を吐いて言った。 「お前小林さんと仲良いだろ? 最近特に」 「小林……ああ佳奈のこと? それが?」 「昨日、二人で仲良く買い物してただろ? 俺の誘い断って」 「あ、見てたんだ」  別にやましいことは何一つないのでそっけない返事になってしまった。そのせいか、千紘は舌打ちをした。 「あ、見てたんだ、じゃねえよ何なんだよ……」 「なに? もしかして妬いてる?」 「わりいかよ」 「へえーそっかぁ、妬いてるのか千紘。そっかそっか」  普段あまり嫉妬心をあらわにしないから珍しくて、俺はからかうように言ってしまった。十分千紘に愛されてることは伝わるが、それでもこうやって嫉妬心をあらわにされると何だか嬉しい。  しかし俺は、千紘の嫉妬の度合いを測り間違えてしまったようだ。 「お前何なの? 俺のことからかってんの?」  存外冷えた声で言われ、俺は言葉を失った。 「やっぱ女の方がいいのかよ。結局俺は保険かよ」 「は? 待ってよ千紘、俺そんなこと一言も――」  しかし千紘は、黙って席を立って、俺を置いて食堂を出て行った。 「――っていうことがあってさ」 「うわー、あたしと勘違いされちゃった? 悪いことしたなー」  佳奈はそう口では言いつつも、にやにやしていた。他人の不幸が面白いのだろう。つくづく女子らしい女子だ。 「てか誠人さ、何で今までの経験を水野くんに対しては活かせないの? 前はそんなことなかったじゃーん、あんたにガチで惚れてる女何人と付き合っても一切ボロ出してなかったのに」 「それは俺が知りたいよ……」 「まーでもいいんじゃない? 真剣に恋愛しようとしたらそんなモンでしょ」  佳奈は少し表情を引き締めた。そして、俺に人差し指を突きつけた。 「いーい? あんたにこんなアドバイスする日が来るとは思ってなかったけど……もっとちゃんと好きって伝えた方がいいよ? じゃなきゃこんな勘違いされないでしょ」  その次の日も、やっぱり千紘は機嫌が悪かった。それでも俺は無理やり千紘の家に押しかけた。今日行かないわけにはいかない。なんたって千紘の誕生日なんだから。  それでも何も切り出せず、俺はテレビをぼうっと眺めることしかできなかった。テレビの向こうでコメンテーターが渋谷の仮装パーティーについてコメントしている。けれどその内容は頭の中を滑っていった。  そうやって悶々としていると、不意に千紘が俺の隣に座ってきた。千紘は少し気まずそうに顔を反らしながら、言った。 「……ごめん」 「え?」  どうして千紘が謝る必要があるのか。謝らなきゃいけないのは俺の方なのに。 「俺、すげえ怒っちゃってほんとごめん。……いいよ、女の子と関係あっても」  あまりにも予想外の言葉で、俺は言うべき言葉を失った。他の人と関係があってもいい、なんて――本命に言う言葉じゃない。 「なん……え? どういうことだよ、それ」 「そのままの意味。俺はもう、お前が女の子といても何も言わないから」  血の気が引いた。千紘の心が俺から離れていくように感じた。もしそうなら俺はどうすればいい? 千紘と離れたくない、千紘がいなければもうどう歩いていけばいいのか分からないのに。  千紘はふいと目を伏せて「コーヒー飲む?」と言いながら立ち上がった。嫌だった。このまま話が終わるのは嫌だった。俺は言葉よりも先に千紘の腕を掴んだ。千紘は振り向いて、驚いたように俺を見た。 「……何つー顔してんだよ、誠人……」  千紘はくしゃっと顔を歪めた。 「……どんな顔?」 「捨てられたらどうしよう、って顔」 「だって本当に……」  本当に怖かった。遠回しに「お前はもうどうでもいいから」と言われたように思った。 「ごめん、勘違いさせるようなことしたのは本当に悪いと思ってる。いくらでも謝るから、そんなこと言うなよ。嫌だよ、他の子と関係があってもいいなんて言われるの。俺だけ見てろ、くらいは言ってよ……」  言えば言うほど、怖くなった。考えてみれば、とっくに愛想を尽かされてもおかしくなかったかもしれない。  俺はいつも千紘に甘えてばかりで、それはつまり、好きでいてもらう努力を一切してこなかったということだ。それからいつまで経っても照れがあって、友達ノリから抜け出せなかった。それと、さすがに関係のあった子とは気まずくてあまり話せないが他の女の子とは普通に仲良くしている。  俺が千紘だったら、もううんざりしているかもしれない。とっくに嫌になっているかもしれない。少し考えれば分かるはずなのに、本当に俺は千紘の優しさに甘えきっていた。

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