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3こんなに不器用な俺だけど
千紘の腕を掴んだ手に力がこもってしまう。とにかく怖かった。
「本当に佳奈とは何もないし、俺は千紘だけだから。何でもするから、女の子と一切話すなって言うんならそうするから……俺のこと嫌にならないで……ごめん、本当にごめん……俺、」
「ま、誠人」
なぜか慌てたように千紘が言う。顔を上げて千紘を見ると、千紘は困り果てたような表情をしていた。
「お、俺がお前のことを嫌になるはずねえだろ。俺が言ったのはそういう意味じゃなくて……」
「じゃあどういう?」
「……俺、元々、誠人が振り向くなんて天地がひっくり返っても絶対ない、でも誠人の近くに居られるなら、俺は一生誰とも付き合わなくてもいいなんて思っててさ……それを思えば今の悩みなんてめちゃくちゃ贅沢だろ? だから、俺が一番じゃないことぐらい我慢しようと思って」
片思い期間が長かったせいだろうか、千紘は奥手すぎる。千紘らしい考え方だった。
でも多分、俺が好きだときちんと伝えきれていないせいもあるだろう。千紘の前だと俺は、途端に不器用になってしまうから。一年以上も経っているのに、未だに気恥ずかしくて慣れない。
「俺と付き合えなかった場合なんて知るかよ、今は俺と付き合ってんだから我慢するなって。俺、嫉妬されたり束縛されたりするの、お前相手は全然嫌じゃないから。……むしろ変に遠慮される方が、どうでもいいって思われてるのかって不安になるじゃん」
千紘は、それを聞いて黙り込んだ。それから恐々と、尋ねた。
「……じゃあ何で、俺の誘い断って小林さんと遊びに行ったんだよ」
「ああそれは――」答えようとして、現物を渡せばいいと思い至って俺は立ち上がった。「ちょっと待って。お前に渡すものあるから」
俺はバッグから包み紙を取り出して千紘に渡した。千紘はそれを受け取って数秒固まると、本気で理解ができない、という顔で首を捻った。
「……何これ?」
「何って、お前今日誕生日じゃん」
千紘は何度か瞬きをした。それから、ああ、と返事をした。要領を得ない返事だった。
「確かにそうだった。でも、それとこの包み紙――」
そこで言葉を止めて、千紘はじっとそれを見つめた。そして恐る恐る俺にこう問いかけた。
「もしかして、俺へのプレゼント?」
「そう」
「え、じゃあまさか……最近やたら小林さんと一緒にいたのも?」
「千紘の誕生日プレゼントを何にすればいいか分かんなくて、相談してた。お前の誘い断った日は佳奈にプレゼント選び手伝ってもらってて」
千紘はぽかんと間抜けに口を開けた。そしてしばらく、じっと包み紙のある一点に視線を注いでいた。それからやがて、「マジ?」と聞いてきた。
「マジ。そもそも佳奈と話してることなんて、お前の話か佳奈の男の話くらいしかないし」
千紘はさらに間抜けな顔になった。
「え? 小林さんに俺とのこと話してんの?」
「うん。だって付き合ってた頃からお互いに好きとかじゃなかったし。佳奈を振った直後に千紘のことを初めて話した時なんか『マジ? ウケる』で終わったよ?」
千紘は間抜けな顔のまま「そうなの?」と問いかけた。頷くと、千紘はへらっと笑った。
「そうか、そうだったのか……俺にプレゼントかぁ……」
感慨深げに言う千紘。くすぐったくなって「ほら開けてよ」と急かすと、千紘は大げさなくらい丁寧に包み紙をはがし、中身を見てさらに顔を綻ばせた。
「財布か……」
「そ。手伝ってもらったとはいえほとんど俺が選んだやつ。センスいいだろ?」
「うん……すげえいい……財布、財布かぁ……」
千紘は噛みしめるように何度も言った。その瞳が潤んでいるのを見て俺は笑ってしまった。
「お前さ、涙もろすぎ」
「だって、本当に嬉しかったから……」
「あのさ、もう付き合って一年以上経ってんだよ? 誕生日プレゼントだけでそんなに喜ばれると逆に申し訳なくなるから」
「でも……誕生日プレゼントだぜ?」
「……誕生日プレゼントなんて一生渡すつもりなんだから、早く慣れてよ」
「え?」
言ったはいいものの恥ずかしくなって、俺は誤魔化すように立ち上がった。
「今日は俺が晩飯作るよ。何がいい?」
そう話を逸らしたが、千紘は俺を抱きしめてきた。
「すげえ嬉しい……じゃあ誕生日プレゼント、毎年楽しみにしてていい?」
「……もちろん」
千紘は俺を抱きしめて、笑った。本当に嬉しそうだった。
「それで、晩飯何がいい?」
「何でもいいけど……できれば生姜焼きがいい」
「分かった」
頷くと、千紘は嬉しそうに「ありがとう」と囁いた。
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