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4こんなに不器用な俺だけど

 そうか、付き合ってんのか。俺はそう心の中で呟いた。何だか、未だに少し信じられない。俺は長い長い夢を見ているんじゃないかと時々怖くなる。  でも、事実だ。俺は誠人と――あの誠人と、もう一年以上も付き合っているのだ。その他大勢じゃなく、唯一の恋人として。  誠人は俺の隣で微かに寝息を立てて眠っている。それを見ていると、昨日の夜のことを思い出して、無性に気恥ずかしくなった。興に乗って変な台詞を口走ってしまった気がする。  誠人はかっこいい。何時間でも眺めていられそうなほどに整った顔をしている。けれどそれだけじゃなく、性格だってかっこいい。さりげない気遣いが上手いし、大抵のことはそつなくこなすし、それから悪口を滅多に言わない。周りが言っていても、それだけは他人に合わせない。時々愚痴のように俺に言うことはあるが、それだけだ。  それとたった一人で四つ下の弟を育てるなんて、相当な覚悟と努力と忍耐、それからありったけの愛情が必要だと思うのだ。俺が誠人だったら、そんなことはきっとできない。  クズだクズだとことあるごとに自称しているが、俺は人間的に優れていると思う。昔どんなことをやらかしていても、それはそれ、これはこれ、だ。  だけど誠人は、脆い。それをきらって明るく快活に振る舞うが、そうすると周りは気付かなくて、一人で抱え込まざるを得なくなり、余計辛くなる、という負のループを繰り返している。  誠人は一見自信があるように見えるし、ネガティブとは程遠く見える。だけど本当は誰よりも自信がなくて自分を責めがちなのは、ずっと近くにいた俺はよく分かる。誠人から過去を打ち明けられる前から何となく分かっていた。  誠人は脆くて自己肯定感が恐ろしく低いのだ。そういう性格なのは、両親に裏切られ頼れる大人もおらず、今までまともに愛情を受けたことがないからだろう、と考えると堪らなくなる。俺の最大限の愛を伝えて甘やかしに甘やかしまくっても、まだ足りないと思う。  いつか誠人が、自分のことを全く責めなくて済む日が来ればいいと思う。そのためなら俺は何だってする。それくらい、この世の誰よりも誠人を愛しているから。  俺が誠人を愛している自信は何よりもある。だけど俺は、誠人から愛されている自信はない。ずっと俺の一方通行だ、それでも構わない、と思っていたから。  本当は、俺は誠人の保険でも構わなかったのだ。自分のことを心から愛してくれている人はいるから大丈夫だ、自分は価値のある人間だ、と心の支えにしてもらって、それで誠人が誰かと本当に幸せになる姿を見られればいいと思っていた。その相手が俺になるなんて、全く思っていなかった。  俺は一生独身でも、誠人は誰か美人な奥さんと暖かい家庭を築いて、子供を腕に抱いて、幸せそうな顔で俺にありがとうとさえ言ってくれれば、それでよかったのだ。そうなっていたら、ああ誠人が幸せになれてよかった、と心から喜んだだろう。辛い気持ち、寂しい気持ちはあるだろうが、それでも幸せだろうと思っていた。  それなのに。  いざ付き合ってみると、周りの女の子に嫉妬をした。そりゃあもう、醜いくらいに。今までの何倍も、嫉妬して嫉妬して、嫉妬しまくった。  誰かと仲良さげに話している姿を見るだけで、今までよりもずっと辛くなった。俺がいるのにどうして、と何度もなんども考えた。誠人が人気者で、男女問わず友達がたくさんいて、男女問わずモテることはよく分かっていたのに。  いつの間にか、高望みしてしまっていたのだ。俺が一番じゃないと嫌だ、俺だけを見てほしい、俺だけを好きでいてほしい、と。その感情が醜いことは分かっていたからずっと押し込めてきたのに、とうとうそれを誠人にぶつけてしまった。  ぶつけてしまってから、後悔した。うざがられたらどうしようと思った。だからああして謝ったのに、誠人は嫉妬も束縛もして構わないと言ってくれた。それから、誕生日を祝ってくれた。俺のプレゼントについて、頭を悩ませてくれた。  それだけじゃなく「誕生日プレゼントは一生渡すつもりだ」と言われた。つまりそれは、誠人は俺と一生一緒にいてくれるつもりだということだ。こんなに不器用で、お世辞にも愛想がいいとは言えない俺と。  めちゃくちゃ嬉しかった。きっとあの財布は、ボロボロになって使えなくなっても、ずっと大切にしまっておくと思う。  隣で誠人が、もぞ、と動いた。 「起きた?」  誠人は眠そうな顔で俺を見ながら「ん」と頷いた。 「もう起きて朝ごはん食べる?」 「んーん……」誠人はゆるゆるとかぶりを振った。「まだ寝る。腕枕して」  普段は友達ノリなのに、誠人はふとした時にこうやって甘えてくる。その幼い子供みたいな甘え方はどうしようもなく可愛い。どんなことだってしてあげたくなる。  腕を出すと、誠人はそっと頭を乗せた。腕枕はずっとしていると腕が痺れてくるが、それも気にならないくらい誠人は可愛い。思わず頭を撫でると、誠人は「へへ」と柔らかく笑って、それからまた目を閉じた。少し寝ぼけていたのかもしれない。  こんな誠人と一緒に居られるなんて、たまらなく幸せだと思う。涙が出そうなほどに胸が満たされる。 「愛してるよ、誠人」  その言葉は聞こえていたのか聞こえていなかったのか。ただ、誠人の寝顔は本当に安らかで幸せそうだった。

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