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1僕が絶対守るから

「はあ?」  平太が顔を引きつらせた。そんな顔をされても、困る。 「お前もクリスマスにデートなの? っざけんなよ、和泉と渉がデートってだけで死ぬほど羨ましいのに……お前まで裏切りやがって……」  ――こうなることは目に見えていたから、平太には言いたくなかった。それなのに、久しぶりに学校に来た平太が自分から水を向けてきたのだ。雫、お前はクリスマス何してんの、と。 「小深山先輩、推薦でもう受かったんだっけ」  渉の言葉に、俺は頷いた。 「そ。だから、今まで寂しい思いさせちゃった分クリスマスは一緒にいようって」 「は? 何で? 何で小深山先輩は推薦で真空さんは推薦じゃない訳?」 「んなこと先輩に聞けよ」 「本当さぁ……どんどん一緒にいられる時間が減ってく……俺だけクリぼっち……」  そして平太は机に突っ伏した。 「でも平太くん、クリスマスも仕事入ってるって言ってなかった?」  和泉の問いに平太は、まあそうだけど、と言葉を濁した。平太は今までずっと忙しくて、ろくに学校に来なかったのだ。伊織の計らいがなければ、今頃単位を落としているに違いないと思えるほど。 「ぼっちじゃないじゃん」と俺が言うと「仕事で潰れるのといちゃついて過ごすのとは違うだろ」と平太がこぼした。  こうなったときの平太は非常にめんどくさい。放っておくに限るのだ。  渉はやれやれ、と言いたげな顔をしていて、和泉は困ったように笑っていた。が、ふと和泉が思い出したように問いかけた。 「平太くん、次の休みはいつ?」 「今月は二十七日まで仕事入ってるから、そのあと。クリスマスもイブも全部潰れるんだよ俺……しかも三が日終わったらまた仕事」 「冬休み、一週間しかないの?」 「そ」と苦々しい顔で言う平太。忙しいというのはそれだけ人気だということだ。事実、最近色んな番組で平太を見かける。それの何が嫌なのか。 「何でそんな嫌そうな顔してんの? 売れてんだからいいだろ」  同じことを思ったようで、渉がそう尋ねた。 「売れてるのはそりゃ嬉しいぜ? でも芸能界はやっぱ甘くないっていうか……俺なんて新人の中の新人じゃん? だからバラエティは死ぬほど神経使うし、売れてない先輩からの妬みはえげつないし、他にもさー……死ぬほどめんどくさいことばっかで嫌になる」  俺から見て平太は、心臓に剛毛が生えてるんじゃないかってくらい図太い神経をしているが、そんな平太にここまで言わしめるのは相当なんだと思う。 「やっぱ妬まれるもんなんだ」 「そりゃーな。自分で言うのもなんだけど、俺ってめちゃくちゃムカつく後輩だと思うぜ? 養成所とか全く通ってないのにデビュー数ヶ月でこんだけさ。俺が先輩だったら一回ガツンと痛い目にあわせてやりたくなるわ」  そう言ってから「俺が言うことじゃねえな」と面白そうに笑える平太はやっぱり、精神的に強い。 「お前じゃなかったら病んでそう」という渉の言葉に「間違いねえな」と軽い調子で平太が肯定した。 「俺がマジで病んだのって人生で一回だけだから」 「いつ?」 「真空さんと別れた時」 「お前本当ブレねーな」  渉だけでなく、和泉まで平太の言葉に苦笑した。俺もきっと、そんな顔になっているだろう。  平太の境遇だったら普通は精神を病みそうなものだ。なのに平太は面倒くさいものと面倒くさくないものの二つに大体分類して処理してしまう。だからどんな嫌なことがあっても大抵「めんどくせえな」で終わらせてしまう。ほぼ全てに興味がないといえばそれまでだが、それぐらいじゃないとやってられないのかもしれない。 「妬みってどんな?」  和泉の質問に平太はうーんと考え込んでから言った。 「根も葉もない噂流されるとか、聞こえるように陰口叩かれるとか、俺にだけ異常に態度が雑とか、そんな感じかな。男なのに枕で仕事勝ち取ったって噂は正直そいつの頭疑った。そんなん、俺みたいにいたいけで純真な男子高校生に言うことじゃないよなぁ」 「いたいけで純真って、お前から一番遠い言葉じゃん」 「言えてる」  明らかにツッコミ待ちの平太の言葉に俺がつっこむと、平太はげらげら笑った。これが強がりじゃないんだからすごい。  俺は経験則から平太が全く堪えていないのが分かっていたが、和泉と渉はすっかりビビってしまったようだった。俺からすれば、親に捨てられ腫れ物に触るような扱いを受けて不登校になった小学生の時ですら、『勉強は何とかするとして、とりあえずゲームしようぜ』と涼しい顔でゲーム機を握っていたんだから、今更こんなことで堪えるはずがないのに。 「へ、平太くん! 僕は絶対平太くんの味方だからね!」 「お、俺も!」  俺も一応「俺もー」と同意しておいた。俺は二人に比べ、全く心がこもっていなかったが。そんな俺たちを見て平太は苦笑した。感動するようなことを言われても苦笑いするのは、平太らしい。 「ん、ありがと。でも言われなくてもお前らのことは信頼してるから」  それに、感動する言葉をさらりと受け流すのも平太らしい。 「ま、いいんだけどな。真空さんと自分のために俳優やってるようなもんだから、他の誰になんて言われようと。妬みなんてかっこ悪いものに反応する方がかっこ悪いし。……それよりさぁ」  平太はだるそうに言った後、一気に声を潜めて人の悪い笑みを浮かべた。少し嫌な予感がした。 「お前らってもうヤった? ずーっと気になってたんだよね」  三人を指差しながら言う平太。途端に和泉と渉の顔が真っ赤になる。平太は心底楽しそうに笑った。 「まず、渉は童貞卒業した?」 「し、……してねーよ!」 「え? まだなの? 付き合ってもう……四ヶ月だろ?」 「ま、まだ四ヶ月だ!」 「へぇ」  平太は含みのある顔で頷くと、和泉の耳元に顔を近づけて何かを囁いた。何を言ったのかは分からないが、囁かれた後和泉が耳まで赤くして「へ、平太くん!」と怒っていたから、ろくなことじゃないに決まってる。 「で? 雫は?」 「まだ。伊織はずっと受験だったし、俺の覚悟が決まらない限り絶対手出してこないから」 「ふうん。まあそうだろうな」 「……でも、クリスマスの日は泊まりでデート」  平太は驚いたように俺を見ると、にやっと笑った。なんとなく気まずくて顔をそらすと、「ま、頑張れよ」と肩を叩かれた。無性にムカつく反応だ。  それを聞いた渉は顔を赤くしていた。相変わらずウブなやつだ。そして和泉は「どういうこと?」と首を傾げていた。和泉はやっぱり、疎かった。 「とりあえず、お前らなんか進展あったら連絡しろよ? 忙しくてもLINEぐらいなら返せるから」  この話題は、平太のこの言葉で終わりとなったが、結局みんなで最終下校の時間まで学校に居座ってしまった。

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