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囚われたのは蜘蛛の方

 出会ってからまだ日が浅いと言うのに藤は恒宣に心を奪われていた。  しかし恒宣は立派な武家の生まれであり、何時しか彼に見合った人と結ばれる事だろう。  これ以上、深みにはまってしまわぬうちに離れなければと、そうでなければ抜け出せずに落ちてしまうから。  そう思っていたのに、まるで蜘蛛の糸に絡め捕られた蝶の様に、心を恒宣に絡め取られてしまったのだ。  手を握りしめたまま暫く互いを見つめていたが、ふっと恒宣が恨めしそうな表情を作る。 「お主に、気持ちを無視された挙句に、二度と来るなと言われて動揺したぞ」  そう言われて、藤はすまねぇと素直に頭を下げる。 「酷い事を言われて傷ついた。忘れようと何度も思ったのに、ずっとお主の事ばかり考えてしまうんだ」  もう一度、本当の気持ちを聞きたいとそう思ったが、二度と来るなと言われているのに会いに行って冷たくされたら立ち直れなくなるからと、自分からは会いに行けなかったのだと言う。 「もしも、もしもだ。藤の心の中に少しでも私を想う気持ちがあるのなら、きっと会いに来てくれると、そう信じながら待つことにしたんだ」  待ったかいがあったと笑顔を向けられて、藤は胸が詰まる。 「なぁ、藤。何故、あのような真似をしたのだ?」  本心を聞かせて欲しいと言われて、藤は気持ちの全てをはき出す。 「はじめは絵師として描くために。だが、途中で黒田さんに欲情した」 「え、よ、欲情って」 「俺ぁ、仕事の時はどんな状況でも欲情なんかしねぇ。だがな、おめぇは別なんだよ」  藤は一呼吸すると真っ直ぐに恒宣を見つめ、 「俺は黒田さんの事を好いている」  と告げた。

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