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1. Rimless Free 3
澤村万里と澤村海里は、我が家の向かいに住む双子の兄弟だった。うちの母さんは俺が小さな頃から病気で入退院を繰り返していたから、俺は気のいい澤村家の人達に甘えて育ってきた。まるで一番下の弟のように家に入り浸って、食卓もしょっちゅう一緒に囲ませてもらってた。七歳上の万里と海里は頭も顔も面倒見もよくて、一人っ子の俺は自慢の兄貴が二人いるような気分で毎日を楽しく過ごすことができた。
万里と海里は一卵性双生児で同じ顔をしてるけど、性格は全然違う。真面目で優しいのが兄の万里で、チャラくてちょっと嫌味なのが弟の海里だ。
海里にからかわれた俺をいつも庇ってくれるのが万里だったから、俺は子どもの頃から断然万里の方が好きだったし、カルガモの子のように後をついて回ってた。
その想いが恋だということをはっきりと自覚したのは、母さんが亡くなった小学五年生の時だった。
だからと言って何がどうなるわけでもなく、もちろん好きだなんて絶対に言えるはずもない。万里に彼女ができたと聞いては胸を痛めて、別れたと聞いてはホッとして、用もないのにただ会いたくて家に遊びに行ってみたこともあった。
これは一過性のビョーキみたいなもんで、シシュンキが終われば治るんだ。
そう思いながら、自分の気持ちをひた隠しにして毎日を過ごしてきた。
俺が高校生になった春、万里は大学院に進学し、海里は役所に採用されて社会人になった。お堅い公務員だなんて、万里ならともかく海里にはこれっぽっちも似合わない。数ヶ月の条件付採用期間とかいうのが終わり、海里はめでたく本採用となって職場近くに部屋を借りることになった。
引越しの手伝いに行った夜、散々こき使われてようやく片付いた二人きりの空間で、俺は海里に話を切り出される。
『お前、万里のこと好きなんだろ』
は? 何言ってんの。そりゃ海里よりは断然好きに決まってるけど。
そんなごまかしを口にしようとした瞬間、俺は真新しいシーツの張られたベッドに物の見事に押し倒されていた。のっぴきならない状況で持ち出された取引きは、余りにもぶっ飛んだものだった。
『万里の役なら俺がしてやるから。その代わり、セックスさせろよ』
そう言って不敵に微笑んだ海里は俺の目の前でリムレスフレームの眼鏡を外した。
ああ、万里とおんなじ顔だ。
言葉の意味を考える隙さえ与えられずに初めてのキスを交わして、その勢いでもうひとつ別の初めても奪われた。
わけのわからない強烈な痛みと、感じたことのない夢みたいな快楽。ドロドロに溶かされながら、俺は不思議な高揚感を味わっていた。
それは、この想いが満たされてるっていう奇妙な錯覚だ。
それ以来二年間、俺は時々海里の住むこのマンションを訪れては名前のないおかしな関係を続けてる。
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