6 / 20

1. Rimless Free 6

『今、買い物に行ってるんだ。戻ってきたら皆で伊吹のところへ挨拶に行くって言ってた』 その買い物も、もしかすると母さんの関係の何かなのかもしれない。 俺は曖昧に頷いて、勝手知ったる家に上がり込む。階段を上って左側が万里の部屋で、中に入ると窓からいい風が吹いていた。 『思ってたより元気そうだな』 窓際のベッドの隅に膝を抱えて座り込む俺に、隣に腰掛けた万里がそんなことを言う。 『うん、元気だよ』 『もっと落ち込んで泣いてるかと思って心配してた』 『泣けないんだ』 悲しくないわけじゃないけど。 そう続けると、俺の顔を覗き込みながら万里が優しい声で諭してくれる。 『こういう時は、強がらなくていいと思うけど』 『強がってないよ。強くもないし』 そうだ、俺は別に強がってるわけじゃない。ただ、何もわかってないだけなんだ。 『もう母さんと話をすることもないし、学校帰りにお見舞いに行くこともなくなる。母さんは入院ばかりで家にいないことも多かったけど、それでも今までは三人家族だったのに、これからは父さんと二人になる。そういういろんなことが全部、まだ実感が湧かないんだ』 だから、泣けない。 窓の外に見えるのは、ガラス越しに広がる茜色の夕焼けだ。ぼんやりと空を見つめていると、雲がゆっくりと流れていくのがわかった。 お通夜が明日で、葬儀が明後日。母さんが生きてなくてもちゃんと時間は流れてる。 『じゃあさ』 大きな手がそっと頭に被さる感覚に向き直ると、至近距離にある万里の顔にどぎまぎする。 こんなときに不謹慎だって我ながら思った。 『俺が家族になろうか』 『……へ?』 唐突な言葉に呆然と目を見開いたまま固まってしまう。 なんでそんなことを言うんだろうとしばらく考えて、家族が減ってしまったと俺が嘆いたからだと思いあたる。 『家族……』 『伊吹とは、もうずっと前から家族みたいなもんだけどね』 ふわりと大切なものを包み込むように、胸の中に抱きしめられる。優しい温もりに心臓の音がドクドクとうるさい。 誰かに抱きしめてもらうのって、いつ振りだろう。 『無理して泣くことはないけど』 目を閉じて素直に頭を胸に預ければ、小さな子どもにするみたいに何度も髪を撫でられる。万里の身体はあったかくて気持ちいい。 『でも、泣いても大丈夫だから』 耳に届いた言葉に、目と目の間がじわんと熱くなった。鼻の奥がつんと痛い。 そういえば最後に泣いたのっていつだっけ。遠過ぎてもう思い出せない。 返事の代わりに大きな胸に顔を埋めて、俺はバカみたいに声をあげて泣いた。涙やら鼻水やらで万里の着ていた服をビチャビチャに濡らした代わりに、胸のつかえが取れたように気持ちはスッキリした。 だから、母さんの命日は悲しいだけの日じゃなくなった。

ともだちにシェアしよう!