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1. Rimless Free 8
「無理。お前に女ができて追い出されたら、面倒くさいし。俺、いつまでここにいられんの? とか、いちいち心配しながら住むのは嫌だ。そういうことを考え出すと、いろいろ落ち着かないし」
「まあ落ち着けよ」
「いやちょっと何言ってんの?」
落ち着いてるよ。いや、落ち着かないよ。
髪に触れていた手が滑り落ちてきて頬を撫でる。ドクドクと高鳴る心臓の音が海里に聴こえないように、掌で胸をギュッと押さえつけた。
「なんで俺が一緒に住もうって言ってるのにお前を追い出すんだよ」
「知らないよ、だって」
だって、一緒に住む理由なんかないから。
確かに海里の傍にいるのは居心地がよくて嫌いじゃない。万里のことが好きで、この想いが叶わないのはわかってるから同じ顔の海里に甘えて、いいように利用してたのは俺だ。恋人でも友達でもないこの関係は、呼び名のない曖昧で不確かなものでしかない。
「伊吹、さっきから何か変だけど」
「お前の方が変だから」
そっと抱き寄せられて、きれいに筋肉のついた両腕が身体に回ってくる。さっきから高鳴ってる心臓が今にも口から飛び出しそうだ。
そもそもこいつが万里と同じ顔なのがよくないんだと思う。性格は全然違うくせに。
ああでもこの温もりは、すごく好きなんだけど。
混乱する頭に追い打ちを掛けるように、穏やかな声が耳元で響いた。
「言っただろ。俺が家族になるって」
──え?
びっくりして、時間が止まったように口を開けて呆然とする。だんだん胸が苦しくなってきて、息をすることを忘れてた自分に気づく。慌てて深呼吸するけど、このおかしな空気がどうにも居た堪れなくなって俯いた。
ちょっと待って。あれって、もしかして。
縺れてた糸を慌てて解すようにいろんなことを考えようとするけど、頭がうまく回らない。思考がぐるぐると渦巻いて縺れていく。
あの日、道路に面する部屋の窓から見えたきれいな夕暮れ。
万里の部屋にいたのは、リムレスフレームの眼鏡を掛けてない幼馴染み。
もしかして、海里には全部わかってたんだろうか。
「……とりあえず、大学受かってから考える」
「そうだな、落ちるかもしれないしな」
「落ちるって言うな」
恐る恐る顔を上げれば、なんでそんなにって思うぐらい優しい顔をしてて、どう反応すればいいかわからない。
どうして、とか。いつから、とか。渦巻く疑問が喉の奥につかえてる。
「じゃあ、来春ちゃんと合格してここに来いよ」
憎たらしい微笑みがゆっくりと近づいてきて、唇が重なっていく。
うん、まあいいか。
春までまだ時間はあるから。それまでに掛け違えたボタンを直していけばいい。
とりあえず海里と過ごすこの時間を満喫しようと、俺は薄く唇を開いた。
"Rimless Free" end
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