9 / 20

2. Voiceless Wish 1

澤村海里は七歳上の幼馴染みで、一応俺の恋人だ。 いや、いちいち確かめたこともないから恋人と言い切っていいのかどうかもわからないけど、とりあえず同棲はしてるし好きだとか言ってくれることもあるから、多分そういう感じの関係であることには違いない。 当人のイメージに全くそぐわないけど、海里は押しも押されもせぬ人気の職業、地方公務員というお硬い仕事に就いている。 いつも愛用しているのは、リムレスフレームの眼鏡。縁のないその眼鏡は憎らしいぐらいによく似合ってるし、チャラい性格をほどよく知的に見せることにも貢献している。 俺が意味もわからず流されるまま海里に初体験を奪われてしまったのが高校一年生の春。 なんだか両想いな気がしてきてようやく付き合い出したのが高校三年生の秋。 俺の入学する大学に近いからという強引な理由で双方の家族を納得させて、海里の住むマンションに引っ越して同棲を始めたのが大学一年生の春。 それと同時に海里は役所の窓口サービスから離れてしまう。人事異動の内示で蓋を開けてみれば、児童相談所勤務となったからだ。 詳しいことはよく知らないけど今、海里はそこの職員として虐待された子どもやその家庭のケアをしてるっていうんだ。大まかな仕事内容は知らされてるものの、詳しい個々の案件は守秘義務とかで聞かされることはない。 いわゆる児相と呼ばれるそこは嵐のように多忙且つ過酷な職場で、異動してからはめっきり帰宅も遅くなったし土日出勤も頻繁にある。 休日返上で虐待の疑いがある子どもの家庭を訪問したり、虐待や家族の諸事情によって通告を受けた子どもの一時保護を解除した後、その家庭がきちんと生活しているかを確認したり。そんなことをしているらしい。 いつ破裂するかどうかもわからない爆弾を抱えながら仕事をしている、というのが海里の弁だ。家庭の再生を目的に子どもの保護を解除して家族に引き渡したところで、いつ何がキッカケで虐待が再発するかはわからない。家庭訪問や面接にも限度がある。その場しのぎのごまかしで行政の目を潜り抜けた家庭で取り返しのつかない虐待が起こってしまったとき、判断を誤ったとバッシングを受けるのは児童相談所だ。そんなことを聞くと割りに合わない仕事だとつくづく思う。 だけど、忙しくなったにも関わらず海里は窓口サービスで愛想を振りまいていた時よりもなぜかイキイキしてる。 多分──これは俺の想像に過ぎないけど、海里は児童相談所勤務を希望してたんだと思う。 コームインって九時五時の土日休みが世間の常識なんじゃなかったっけ。そう首を傾げたくなるほどに二人の時間は減ったけど、幸か不幸かエッチの頻度は減らないんだから不思議だ。 そして、なんとなく歪な関係のまま海里と俺が二人暮らしを始めて二年目の冬。 海里の双子の兄、万里に子どもができた。

ともだちにシェアしよう!