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第38話

「でもさ、レスリング部の先輩とは何もなかったんだろ?」 「それは……」 何もなかったとは言えない。だけど。 健人はむすっと唇を尖らせて黙り込む。 「何かあったんだ?健人が言いたくないってんなら別に言わなくてもいいけど、その後輩のおかげで大事には至らなかったって感じか?だとしたら連絡先の交換くらいなんてことないと思わないか?」 「それはまぁそうだけど、他人事だと思って簡単に言うなよな。和也は見てないからわからないと思うけど結構ヤバかったんだ。俺襲われかけて途中であの後輩の原田が間に入ってくれなかったら……。その後原田と郷田先輩のやり合いになって」 和也が頬杖ついていた手を離して顔を上げ た。 「こわ!俺行かなくてよかった……」 「和也ひどい」 何とも薄情な友達だ。本当にこいつは親友なのか。 「だって俺レスリング部の奴になんか絶対俺勝てないし。その点原田は適任だったわけだろ。俺の偽ナイトの称号を原田に譲ってやりたいわ」 周りが勝手に囁くナイトの称号など健人にとってはどうでもいいことだ。 それよりも宗太と関わったことで健人の学校生活が一変しようとしている。大問題だ! 「原田の動きはケンカ慣れしてる感じで強かった。ゴリラみたいな郷田先輩を倒しただけじゃなく、原田だって蹴られたりしてる筈なのに顔が笑ってるんだ。怖いだろ!あいつサイコパス野郎かもしれない。それに和也が礼は俺から貰えだなんて変な提案するから、その代償が……」 「代償?……ん?健人呼ばれてるみたいだぞ」 健人が熱く話している最中に、「筑波」と教室の入り口で自分を呼ぶ声がして顔を向けた。 「……!!なんで……」 教室の入り口にあいつがいた。健人の顔が一瞬にして沸騰したように赤くなった。 嫌でもキスを思い出す。大事にしていたファーストキスを奪った男。 ─何しにきたんだよ。俺にあんなことしやがって。 「筑波にお客さんだよ。知り合い?」 「まぁ知り合いっちゃ知り合いだけど……」 取り次いだクラスメイトはビクビクしながら健人と宗太を見比べていた。 この学園に不似合いな銀髪と抜きんでて整った容姿。それはそれは物凄く、目立っていた。 「おお!噂をすれば何とやらじゃないか」 和也はニヤリとして席を立った。和也もまた何を考えているのかわからない。 和也は長い脚でずんずんと宗太の方へ向かい、宗太を正面に見据えて立ち止まる。 「この間はどうも。うちの筑波が世話になりました」 「あんた誰だっけ?俺が用あるのは筑波先輩なんすけど」 長身でこの風貌。全身から醸される空気がピリピリとしていて威圧感が半端じゃない。 和也は思わず苦笑いした。 「あいつへの用事は俺が窓口になってる。で、どんな用?」 「あ?」 不機嫌走な声音と今にも胸倉を掴まれそうな雰囲気に和也はたじろいだのがわかった。 大切な友達を差し出すことは出来ないと、いつも体を張ってくれているのを健人は知っている。 「屋上であったあの事でわかったと思うけど、あいつあんな見た目のせいで結構危ない目にあってるわけ」 「……で?」 「で、君に疚しい気持ちがないとわかれば健人を貸してやってもいいよ。健人が嫌がらなければの話だけどね」 「タケト……?あの人タケトっていうのか?」 宗太は遠目に健人を見詰めた。自分が見られているとわかって健人の心拍数が急激に上昇する。 本当に何をしにこんな上級生の教室まで乗り込んできたのか。 ただ自分に用事があるということだけはハッキリとわかる。 「そうそう。健康の健に人と書いてタケト。それより、えーと原田君だっけ?健人に何かした?」 和也の本題はここだった。 柔和に見えた眼差しが急に感情のないものに変わり、宗太も敏感にそれを察知する。

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