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Lv.12原田宗太
自分よりも小さな柔らかい手が自分を引っ張る。
同性なのに全く嫌悪感がない。そんなことを宗太は不思議に思う。
「で、俺に何の用?」
ずんずん歩いて教室から少し離れた場所で健人は立ち止まった。
「……」
宗太は考えた。用という用は実はない。ただ健人の顔が見たかった。
……これだけでは呼び出すほどの用事とは言えないのだろうか。
「用があるなら早くしろよ。予鈴鳴るだろ」
「あー……。タマゴサンドな」
「は?」
「この間、あんた俺に言ったよな。タマゴサンドくれるって」
「え?そんなこと言ったか……?」
健人はあの時の記憶を引っ張り出して脳内再生でもしているのだろうか。
可愛い顔をしたまま首を傾げ、唇を尖らせ反対方向へ首を傾げ、眉根を寄せて空を見上げる。
健人は空を見上げたまま「あ」と声を上げた。
「……言った。けどそれ以前に俺はこれでいいって、お前俺にキ、キ、キ……」
何を言おうとしているのかすぐにわかったが、キスという単語を口にするのが恥ずかしいのだろう。
それ異常の言葉が出てくることはなかった。
「だろ。タマゴサンドでいいかって言ったんだよな、あの時」
くるくると表情を変える健人。するんとした頬は興奮のためかピンクに上気している。
見ていて飽きない。それどころか小さく動く唇と少し伏せられた瞳から伸びた密な睫毛があまりに可愛らしくて、触れたい衝動に駆られる。
無意識に手を伸ばしかけてはっとした。
「……昼休み、タマゴサンド持って屋上な。 待ってる」
「え」
宗太は不自然に伸ばしかけた手を引っ込めてスラックスのポケットに突っ込んだ。
うきうき。わくわく。
そんな擬態語が宗太の中にこの学園生活で未だかつてあっただろうか。
少なからず宗太は今、浮ついた気持ちでいた。
1年5組の教室で大人しく授業を受ける宗太の姿は稀に見るものだった。
教室中の視線という視線が宗太に注がれ、いつもであればこの無遠慮な視線を汚い言葉で一蹴してしまうところだが、この日の宗太は違う。
嵐の前の静けさかとクラスメートには怯える者までいた。
「どういう心境の変化だよ?!原田がマトモに授業受けるとか!ヤシでも降んじゃね?」
宗太の後ろの席に座る悪友の神戸(カンベ)が宗太の背中をツンとつつく。
「ばっか!おまえヤシじゃねーよ。ヤリだろ!」
ぎゃははとクラスの端に集められた不良生徒達がバカ笑いする。
彼らは授業には出席するものの、まともに授業を受けるものはいなかった。
1年5組はそんな素行の悪い生徒ばかりが集められた、少し特殊なクラスだった。
その中の一人である宗太の頭は後数分後に訪れる昼休みのことで一杯である。
そんな宗太を神戸は後ろから観察する。
神戸は高等部から外部入学ししてきた宗太と4月から連んでいる友達だ。
それなりに宗太の事は見てきたつもりだった。だから宗太の様子がいつもと違うことに気付く。
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