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第64話
この違和感は一体なんなのだろう。
照明による陰影が黒川の印象を変えたのか、それとも。
出しっぱなしの教材をカバンにしまう手が震えた。
「先輩、寒いんですか?」
「あ、いや……」
そうか、黒川が怖い。
怖いんだ。
この図書室に二人きりという状況が怖い。
こんな状況だからか原田のことを思い出した。
思ったところで原田がここに来るはずもないし、黒田に向かって2人きりが怖いと言えるわけもなく。
「そう、寒い……のかも」
へらっと笑顔を作ってみせる。
怪しまれたくない。
黒川は他の奴らとは違うと健人は思いたかった。
疑いたくない。
そんなことを思っている最中、黒川の手が伸びてきた。
「……っ?」
ペンケースを持つ手を取られ、その手を黒川の両手が包む。
「ほんとだ冷たいですね」
しっとりとした健人より大きな黒川の手は、健人の手をさするように動き、その感触に鳥肌が立つ。
─こいつもレスリング部の郷田と同じなのか……?
どうやってここから逃げ出そうと考えていると、黒川の手はぱっと離れていき、黒川は制服のポケットに手を突っ込む。
そこから取り出されたのは小さい缶コーヒーだった。
「これまだ温かいですよ。握ってればちょっとは温まるかな」
にっこり笑って黒川が健人の手に缶コーヒーを握らせた。
いつの間に買ってきたのだろう。結構温かい。
「良かったら飲んでください。自分の分も買ったんで遠慮はなしですよ。こうして勉強付き合って貰ってるわけだし」
「あ……あぁ、ありがとう。でももう帰らなくちゃだな。黒川の家の人だって心配するだろ?家まで送ろうか?」
黒川の目が一瞬大きく見開かれた。
「そんな送ってもらうだなんて。それに、うちの親は放任主義みたいであまり俺には干渉しないんです。出来れば先輩みたいな人が兄弟だったら楽しかったかも」
「そうなんだ。……一人っ子なの?」
「ええ、そうなんです。だから兄弟とか憧れるな」
寂しいのかな……と健人は思った。
健人の手が自然と伸びて黒川の頭を撫でる。
自分には兄がいるからこうされた思い出があるけれど、もし弟がいたらこんな感じだったのだろうか。
「じゃ、そろそろ帰りましょうか」
黒川は恥ずかしくなったのか、パッと立ち上がりカバンを肩に掛けた。
「先輩、明日なんですけど、何か予定あります?」
「明日は……」
明日は土曜日だ。
学校は休みで特にこれといった用事はない。やらなければいけないのはテスト勉強くらいなものだ。
本格的に黒川に懐かれたのだろうか。
黒川は土曜も健人に会いたがっている。
本当は時間のある休みにこそlostworldを少しでもいいからやりたい。
だけど……。
黒川の寂しそうな横顔に、思わず「予定はない」と答えてしまった。
健人の予想通り、土曜日は黒川宅で勉強会をすることになった。
断りきれなかったのだ。
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