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第72話
「わかりました。従業員用の入り口からお入り下さい。それにしても本当に困った方だ。こんな事が表沙汰になったら大変だというのに……。お友達が無傷であればいいのですが」
黒川の悪い噂は本物だったようだ。
「無傷って……」
「前にもあったんですよ。こういうの。こちらの主人がもみ消して歩いてますけど。でも、こういうのは本当に良くない。あのお坊ちゃんにはキツイお灸を据えてやる必要があると思うんですがね。さ、こちらです」
足早に話しながら先刻訪れた黒川の部屋の前まで案内された。
「鍵開けますね」
腰に掛けたいくつもの鍵の中から一つを取り出し、男はあっさりと部屋の鍵を解錠した。
勢いよくバンと音を立てて中に入るが健人も黒川も見当たらない。
「いねぇ……どこ行った」
「奥が寝室です。防音設備が施してあるので今はこちらの音が聞こえていないのでしょう。残念ながら私も寝室の鍵は持っていないのです。……さてどうしたものか。……鍵のスペ アがないか探すだけ探して参ります」
少し慌てた様子で男はその場を離れた。
防音の部屋ですることなんて、殴るか犯す か、どっちにしろろくなことではないだろう。
宗太はギリッと奥歯を噛み締めた。
扉を蹴破ることは出来ないかもしれない。それでも諦めて帰るなんてことは選択肢の中に含まれていない。
宗太は手近にあった椅子の背もたれを手にし椅子を持ち上げた。
それを振り上げ力任せに扉を殴りつける。
「おい黒川ぁ!開けろっ、クソがああぁぁっ!!」
返事も、何の音もしない扉を更に殴り続け、椅子の脚が折れ、扉の表面が所々へこんでいる。
そしてその振動でだろうか、クローゼットの扉が開き、中に金属バットが立て掛けてあるのが見え た。
「……いいもん持ってんじゃねーか。何に使うつもりでこんなもん」
宗太はバットを素早く手にした。
今度はそれで扉を叩き付ける。
椅子なんかより何倍もの威力があり殴打する音も派手だ。
扉の向こうの黒川も気付かない筈がない。
数回殴ると、カチャリと、金属音がした。
「ッ!」
鍵を解錠した音だ。
まさか固く閉ざした高い門を飛び越えて、中にまで宗太が侵入するとは思っていない黒川は、何が起きたかのかと自ら鍵を開けたのだ。
ゆっくりと扉が開く。
黒川は気怠げな様子で前髪をかきあげ、シャツのボタンを半分外し胸元がはだけている状態で、のっそりと顔を出した。
「黒川。あの人はどうした。どこへやった」
「……っ!は、原田っ!お前、どうやってここまで……」
「んなこたどうでもいいんだよっ!あの人を出せ!!」
「っ……にすんだよっ」
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