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第103話

「はいはい、ここでいちゃつかない」 「いちゃついてない!」 健人がすぐに反論した。ぷくっと膨らませた頬が可愛らしい。 「そんな可愛い顔して言われてもなあ」 和也が肩をすくめてみせた。 誰から見ても怒ってる顔さえ可愛らしく見えるのだろう。気持ちは大いにわかる。 「失礼しまーす」 態とらしく宗太と健人の間に座り込んだ和也の隣に神戸がドカッと腰を下ろした。 「おっまえ、でかい体で狭い空間に座るんじゃねーよっ」 「別に減るもんじゃねーし、いいじゃないっすか」 「減る。減るんだよ。清らかな空気が!」 「うわ、ひでー。汚物扱いかよ」 和也が汚物と復唱して、ぶふふと笑う。つられて健人も笑っている。 二人の空間を邪魔された感は否めないが、健人が笑っているならまぁいいか思えた。 この穏やかで平和な日常は悪くない。そこで健人が笑ってくれればいい。 和やかな気持ちで健人を見つめていると神戸が健人達には聞こえないよう小声で話し掛けてきた。 「来週から黒川出てくるらしい」 黒川は健人に一方的な想いを寄せて卑怯な手で健人を手に入れようとした輩だ。 健人を助ける為に自分の手で身動き出来ないくらいにねじ伏せた。 あれから一週間以上経過している。少なくとも軽症で済むようなやり方はしていない。 しかし少しは回復したということか。 「……」 「黒川の取り巻き連中が、仁(ジン)復活だってお祭り騒ぎしやがって。あいつらマジうぜー」 「仁?」 「黒川の名前だよ。あいつ黒川仁っつーんだけど、まーお前興味ねーよな」 「確かに……」 黒川の名前に興味はないが、一瞬lostworldの仲間が頭を過った。 しかし全くの無関係だろう。 黒川の存在は今後も注視するつもりだった。手段を選ばず健人を手に入れようとしたような奴だ。危険人物に他ならない。 向こうからすれば、宗太も十分同等と思われているだろうが、それが牽制になればいい。 何より、健人に黒川を見せたくない。 もう健人の怯えた顔を見たくないのだ。 「どうすんだよ」 言いながら神戸がサンドイッチにかぶりつく。 「どうするも何も……牽制して様子見るしかねーよな。いざとなれば退学に追い込んでやる」 神戸が訝しげな表情で宗太を見る。 「退学?こえー。そんなん操作できんのかよ。……お前何者?」 宗太は考え込むように空を仰ぎ見て言った。 「……っていう結末をシュミレーション中」 「妄想かよ」 「うるせー。妄想だってしとけばいつか役に立つんだよ」 「へえ。……暴れるときは声掛けろよ」 「おう」 黒川を退学に追い込む。 一介の男子高校生にそんな力がある筈ないのだが、宗太は違った。 宗太の家族、学園しか知りえない、学園理事長との関係。 学園から口外することを禁じられているこの関係を知らされれば、黒川だって何も言わずに健人から手を引くだろう。 この学園に入学したのは附属する大学まで無事卒業するためだった。その後の道も不本意ではあるがもう用意されている。 そして女手一つで育ててくれた母親の為、宗太はこの学園に在籍し、敷かれたレールの上を走っているのだ。 この特別な事情を学園内の誰にも話したことはない。 でも健人になら自分の身の上話をしてもいいだろうか……。 宗太は無邪気に笑う健人の顔を見ながら思った。

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