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第112話

自分にしたことを忘れたわけじゃあるまいしこの場面で微笑むなんて。 黒川の考えも行動も読むことが出来ず不安を感じる。 でも……。 自分をどうこうしようなんて思っていないのは間違いないだろう。 黒川の纏っている雰囲気は穏やかで、自分のような兄弟が欲しかったと言っていたあの時と同じ顔をしていると思った。 すぐに到着のアナウンスが流れ、目的地にはまだ遠いが健人達は一旦降りることにした。 ホームの中程まで行き、黒川の肩をぐっと掴む。健人は黒川との事をはっきりとさせたかった。 なぜ、あんな事をしたのか。 それにほんの一時ではあったが、一緒に図書室で勉強した時の優しかった黒川。 あれは嘘だったのか。 ……そして今、これからどうしたいのか。 健人は毅然とした表情で黒川を見上げる。 「黒川。お前なんで俺に薬使ってあんなことしたんだよ」 正面から見据えられて黒川は視線を下にずらした。 「……すみませんでした」 健人は、はぁっとため息をついた。 またそれだ。すみませんじゃ答えになっていない。黙っているのと然してかわらない。 「俺が嫌いだった?」 「違います」 「でも……俺を慕ってくれてた後輩にあんな事されたら、もしかしたら俺は嫌われていて計画的に陥れられたのかって思うよ?」 少しの沈黙があって、観念したように黒川が顔を上げ、大きめなマスクを下にずらした。 マスクの下の頬にはガーゼが貼ってある。 恐らく宗太が自分を助けるときにやられたケガだ。 「やり方がわからなくて、間違えました」 「間違えた?」 健人が聞き返すと黒川はこくりと頷く。 「……俺、小さい頃から欲しいものは何でも買い与えられて、手にできないものは何もなかった。だから基本的に我慢が苦手で……。先輩のこともどうしても欲しいって思ったら無理矢理奪う方向に考えが向いてしまったんです」 「なんで俺なんかを……?」 「先輩は可愛くて有名だったから。噂に聞いていた先輩を実際に一目見た時から、俺は先輩が好きなりました。一目惚れってやつです。でも先輩はことごとく男の誘いは断っていると有名だったし、俺なんて先輩とは何の接点もなくて目に留めてももらえないかもしれない。そう思って先輩が警戒しないように、敢えて勉強を教えて欲しいって内容の手紙を書いたんです。結果、思惑通り先輩は俺とのテスト勉強付き合ってくれて。近くで見れば本当に先輩がキレイで可愛いのがわかって、かといって中身は結構がさつで男だし、そのギャップも魅力的で……。そのうちますます先輩が欲しいって思い始めて」 「黒川……」 今自分は熱烈に口説かれているんだと健人は思った。すごく熱い思いはしっかりと伝わってくる。 「だけど先輩には原田とか並木先輩とか……その、不本意な表現だとは思いますが、ナイト的な人達がいて俺はすごく焦りました。それで、あんな事を……。身体から陥落させてやるって思って。俺が間違ってました。本当にすみません」 「……うん」

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