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第113話
黒川の言葉は嘘じゃないだろう。
こいつは世間知らずのお坊っちゃまで、きっと今までも「ごめんなさい」じゃ済まされないようなことをしてきたのだろう。
けれど健人が覗いた黒川の心の内は、まだまだ改善の余地がある。
きっと根は素直で寂しがり屋だ。
そう考えると不思議と気持ちが落ち着いて、許してあげてもいいのかな?という気持ちが健人の中に芽生え始める。
健人は黒川をじっと見詰めて一人納得したように頷いた。
「うん。もういいよ。黒川の言いたいことはわかった。俺にちゃんと伝わったよ。この話しはこれでもうおしまいにしよう。俺ももう忘れることにしたから。な?」
黒川は少し鼻の頭を赤くしてずっと鼻を啜り、「はい」と呟いた。
「で、ケガの具合は?原田に相当やられたんだよな?」
健人は恐る恐る聞いてみる。黒川の顔のガーゼは結構大きい。
黒川は、困ったような笑みを浮かべ頬に手を当てた。
「……頬骨骨折と、あばらを少し」
「えっ!?……そんな重傷だったのか」
─助けてもらっておいてアレだけど。原田ってそういう奴だったんだよな……やっぱり。あいつは怒らせちゃいけない危険人物なんだ。
……なのに。
健人は宗太を想う胸の疼きが止められない。
「でももう取り敢えず落ち着きました。学校も明日から通います」
「っていうかそんなケガしてお前こんなところで何してんだよ」
「俺はちょっと用事があって路巣戸駅というところまで」
「え……そうなんだ。奇遇だな。俺もそこまで乗って行くつもりだったんだけど」
信じられない。健人達の地元から離れた、何があるのかもよくわからない所に、偶然同じ車内に居合わせた黒川までもが向かっているなんて。
「そうだったんですか。途中下車させちゃって申し訳ないです。すみません」
「いや大丈夫。時間に余裕あるし」
健人はちらりとスマホで時間を確認し黒川に向かって微笑んでみせる。
そうすることで黒川も肩の力がふっと抜けたようだった。
「あの、先輩が嫌じゃなければ途中まで一緒に行っても構いませんか?」
「え、と……」
「あぁ無理ならいいです。諦めます。ただその先輩すごく可愛いからちょっと心配になっただけです」
今さっき黒川の告白を聞いて許すことに決めたじゃないか。
戸惑う必要なんてない。ちゃんと先輩としての対応をしてやらなくちゃ。
そう考えていた健人の気持ちが180度ひっくり返る。
「可愛いから心配?どこからどう見ても男の俺が、暴漢に会うとでも?」
「……はい」
黒川が答えにくそうに返事をする。
細身のダッフルコートとピタッと脚のシルエットがわかるチノパンに身を包み、小柄で少女めいた外見は一見男女の区別がつきにくくユニセックスな印象だ。
「いつもは原田とか並木先輩と一緒にいるでしょう。先輩と偶然こんな所で出会えたということは、俺が原田達の代わりをしろってことなんだと思うんです」
「そんなに俺が心配?」
「はい」
はっきりと肯定されて健人はむっと唇を尖らせた。
「じゃあ俺が路巣戸駅まで誰にも声かけられなかったらジュース奢れよ」
「ジュースでいいんですか?そんなので良ければいつでも」
「くそっ、このボンボンめ」
少し話が捻じれてしまったが健人と黒川はまた再び電車に乗り込んだのである。
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