141 / 165

第143話

その視線が落ち着かなくて、誤魔化すようにコーヒーに口をつける。 すっとした苦味が気持ちを落ち着けてくれる。 「彼とはどうだ? 新谷君」 「……そう、ですね」 馨。彼との関係は順調だと思う。 そのことを圭史さんに報告することが、なぜか躊躇われた。 二口目のコーヒー。 顔を上げると、圭史さんは何かを探るような目をしていた。 「何ですか」 「……いや?」 わけが分からない。イライラする。 「何か言いたことがあるんじゃないですか、僕に」 「……そうだな」 圭史さんも自分のカップに口をつける。 そしてカチャリとカップをソーサーに置くと、僕の目を真っ直ぐに見てこう言った。 「話したいことは確かにあった。だが、それも必要なくなった」 「なにを…」 まただ。意味深なことを言うだけで肝心なことは言わない。 「はっきり言ってください」 「何を」 「何をって…」 僕は何を言わせたかったんだろう。 少しの沈黙の後、先に口を開いたのは圭史さんだった。 「――玲」 「……はい」 何を言うのか、言われるのか。 「玲、お前部屋と個室だったらどっちがいい」 緊張していた自分が馬鹿みたいで、僕は席を立った。 「おい」 「信じられない、なんで…っ」 「おい、落ち着け玲」 人が見てる、そう言われても僕の怒りは収まらない。 「あなたが最初に言いだしたんでしょう、馨に」 「そうだな」 「それで早速それを反故にするんですか」 「違う。話を聞け」 「話は終わったって言ったのに」 僕の言葉に圭史さんは息を吐いた。 「お前のことが心配で、でも姿を見て大丈夫だと思った。だから聞く必要もないと思ったが…、お前の様子を見ていて果たして本当に大丈夫なのかと心配になった」 「……意味が、分かりません」 「そうだな。お前ははっきり言えと言った」 席に再びついた僕に、圭史さんは向かいの席から隣に移動してきた。 胸ポケットから取り出したのはスマートフォン。その画面に何やら打ち込むと周囲から見えないように僕だけに画面を向けて来た。 そこに表示されていた文字。 『身体を見せろ』 会社に戻るまで時間が無い。 僕たちは今個室に入っていた。 「お前がごねなければ部屋を取っても良かったかもな」 「静かにしてください…」 同じところから二人の声がしていたら怪しまれるだろう。 入ってくるときに人がいないことは確認済みだが、いつ新たに誰か入って来るか分からないのだ。 三つあるうちの真ん中の個室に僕たちはいた。 圭史さんの言い分としては僕の身体を見るためだけにホテルの一室を借りるつもりではいたということだ。話し合い(話し合いになってはいなかったと思うが)それが長引いてしまったために、それも叶わなくなったとのこと。それが冗談なのか本気なのかはよく分からない。 身体を見せろ、なんてそんな要求をのんだのは、それが馨との関係を続ける条件だと言われたからだ。 「なんだ、さっきは喋れだなんだって言ってたのに」 「さっきとは状況が違いますからっ」

ともだちにシェアしよう!