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第156話

大きく動かした舌の先が犬歯に触れ、瞬間、チクッとするような痛みが走った。 『笑ったときにこの八重歯が見えると、幼い顔になるね……』 あの夜。 話がしたいと言った馨を制するように、昂る感情に任せて何度も彼に強請った。 ぐったりとした体を投げ出したままの僕をいたわるように、夜中近くになっても馨の指先は髪や頬を撫でてくれていた。 その指先でくちびるに触れ、ゆっくりと輪郭をなぞりながら、そう言った。 二人にしか聞こえないような、小さな小さな声で。 何があっても僕を守ると、彼は言ってくれた。 それなのに僕は今、こんなところで何をしているんだろう。 その時、ガチャリと扉が開かれる音がした。 外部から誰かが進入してきたことを告げる物音がはっきりと聞こえた。

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