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第19話
お昼休みを知らせるチャイムの音が鳴り響く ~~
”あ、お昼だ ――”
机の上を手早く片付け腰を浮かしかけた所へ、
今にも泣き出してしまいそうな
情けない表情の山崎先輩がやってきた。
「りんたろうぅぅ~~っ」
「あ、山崎さん――」
山崎さんは俺に向かって軽く手を合わせ
こう言った。
「頼むぅ、今から資料作り手伝ってくれないかな。
頼むよ。頼めるのはキミだけなんだよぉ」
「い、今からって、もうお昼――」
「今日の午後イチのプレゼンで使う資料なんだよ」
「ええっ、午後イチ?!」
「お願いしますっ、助けて?」
どうしよう……参ったなぁ、
俺もこれから用事があるんだけど……
なんか、ホントに困ってるみたいだし――。
「し、しょうがないなぁ~、どれです?
見せて下さい」
「さすが桐沢っ!頼りになる。いやぁ、
助かったぜぇ――」
そこへ柊二登場。
「ダメだろりんたろ。お前は今からオレと昼飯喰いに行く
約束だ」
「あ、すいません。でも、手伝ってあげないと
間に合わなく――」
「そんなのはお前のせいじゃないんだから気にするな。
まったく…ちょっと目を離すとすぐこれだ。
いつも言ってるだろ? 時間外労働と給料以上の仕事は
オレのポリシーに反する」
「で、でもそれは、俺のポリシーではないし……」
「ああっ?!」
柊二のひと睨みで俺はすっかり萎縮。
「い、いえ、何でもありません……」
「オラ、山崎っ、お前もこの程度の事で気易く後輩に
泣きつくなよ。自分の後始末くらい自分でやれ、
ガキじゃねぇんだから」
「ほ~い――わかったよぅ、ちぇ……」
「って事で、行くぞりんたろ」
「あ、はい……」
どうやら柊二の”お友達宣言”は
本気だったらしく、
俺はいつもこんな調子で彼に振り回されっ放しだ。
*** *** ***
小鳥のさえずり&噴水の水の音 ~~
日比谷公園の噴水広場。
「ふぅ~う……ごちそうさまでした。――やっぱり、
たまにこうして外で食べるのもいいもんですね」
「ああ、そうだな」
「でも、柊二先生はいつも俺なんかと一緒で
平気なんですか?」
「ん~、何が?」
「だって、この頃お昼も仕事の後もほとんど一緒
でしょ? 俺は誘ってもらえて嬉しいんだけど、
先生の彼女さんとかって放っといてもいいのかな
って」
「放っとくも何も ―― そんなのいねぇしな」
「ええっ! うそっ、あんなにモテるのに」
「モテる? おれがか??」
そう言って、柊二はさも可笑しいといった感じで
笑った。
「ええ、だって、すんごい人気なんですよ」
「あー? んなわけねぇだろ~。四六時中怒鳴って
ばかりなのに」
「え~~っ、俺ってばてっきりうちの若い女子達
ほとんどと、付き合ってるのとばかり――」
「(思わず絶句)……何だそりゃ……オレだって一応
生身の人間だから、んな事してたら自分の身が
保(も)たないよ」
「だって、色んな先輩達が付き合った事があるって
自慢してたから……」
「そりゃ完全にデマだな……ちょっとクサいこと言うぞ。
人が人を好きになるってのはとても尊い事だと
オレは思う。誰でもいい訳じゃない。好きでもねぇ奴
となんて、そんなにホイホイ付き合えない」
「そうですかぁ……そうですよね。じゃ、今彼女が
いないって事は、好きな人もいないんですか?」
「イヤ、いるよ……ちょっと前から、あぁ、
こいついいなぁって思い始めてるの――でも、
そいつはかなり浮世離れしてるっつーか、
天然でさ……オレは色んな奴になんて
好かれなくていいから、そのたった1人から
好きになってもらいたいよ」
ドックン ――。
そう言った柊二の瞳は、切な気で、熱を帯びていて。
俺は不覚にもトキメイてしまった……。
「そ~言えば、そうゆうお前はどうなんだ?」
「えっ、はい? 何がでしょう?」
「何がって、城内との事に決まってんだろ」
「あ ―― 先生までやだなぁ~、アレ、完全な
デマですから。けど、俺にもちょっと前からかなり
気になる人がいるんです。片思いですけど、
最近は自分から話しかけられるように
なったし、ちょっとくらいは普通に話せるようにも
なったんですよ」
「ふ~ん、そいつぁ良かったな」
(何処のどいつだ? その横恋慕野郎は!)
「後は、俺も他の先輩達くらい美人だったら告白する
勇気も出るんだけどな……なぁんて、へへ…」
「ん~~……でもさ、りんたろだって充分イケてると
オレは思うんだけど――んまぁ、美人っつーより
可愛いんだが……」
俺は聞き慣れない褒め言葉を言われ、
ドギマギして赤面。
「や、止めて下さい茶化すのは。俺なんてぜんっぜん
ダメですから」
「イイヤ、そんな事ないよ」
「だから、止めて下さいって――恥ずかしいです」
「ってか、りんたろはもう少し自分に自信を持った方が
いいって―― よしっ、決めた! りんたろ、今から
自信をつけに行くぞ」
「はいっ?? って、でも、もうすぐお昼休みが……」
「こーゆうのはな、思い立ったが吉日なんだよ」
――って、いつになく(いつものように?)
強引な柊二は、俺のシャツの襟首を
まるで仔猫か仔犬でも摘み上げるように掴み、
昇降口へと歩を進めながら携帯電話で
何処かへ連絡をつける。
「―― ああ、各務だが。桐沢、オレの外回りに
連れてくから直帰にしといてくれ、じゃ」
外回り = 往診の事。
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