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第34話  前兆 

  『Σ(゚∀゚ノ)ノキャー、倫せんせ~久しぶりぃ!』と   16才の女子高生らしい元気さで、   ゲスト達の輪から外れてやって来たのは、   今をときめくトップアイドル・京極彩乃ちゃん。   入院中もこの子のパワフルさには圧倒だったけど、   今はさらに磨きもかかって、文字通りキラキラ   光り輝いている。 「ホントに来てくれるだなんて感激!」 「だって、ずっと前からの約束だったじゃない」    (と、いっても忘れかけていたが) 「今日はう~んと楽しんでいってね。  ご贔屓のスターさんとかいたら生サインでも、  生写真でも何でももらってあげるから」 「うん、どうもありがとう」   今夜、ここインターコンチネンタル・有明の特設   パーティー会場できらびやかに催されているのは、   今年で60回を迎えた中央新聞社主催・アクターズ   ギルド映画祭の前夜祭。   彩乃ちゃんは昨年の最優秀新人賞受賞者として   プレゼンテーターを務める。 『―― 彩ちゃん、ちょっとお願い』 「は~い ―― ごめんね、ちょっと行ってくる」   彩乃ちゃんがマネージャーさんに呼ばれて行って   しまうと、早くも俺は手持ち無沙汰になって、   とりあえず超絢爛豪華な料理が並ぶ   ブッフェコーナーへと向かった。    でも、その俺の姿をゲスト達の輪の方から   見ていた人がいたなんて、   俺はちっとも気付いていなかった。   結論から言えば、柊二のマンションから   出てくるとき、    ”まさか、柊二と同じパーティーじゃないよねぇ”   と、言っていた事が的中したんだ。 「―― おい、あそこにいるの倫だろ?」   と、傍らにいる柊二の注意を促したのは   兄・大吾。   柊二はブッフェコーナーにいる倫太朗を見て、   思わず飲みかけのウイスキーを噴き出しかけた。   「ぶっ ―― あ、あいつ、何でここにいるんだ?!」 「お前が呼んだんじゃねぇんか?」 「んな訳ねぇだろ。まだ倫を奴の目に晒すのは  早過ぎる」 「甘いな」 「あ?」 「抜け目ない匡煌の事だ、お前と香さんとの縁談が  持ち上がった時点で倫の身辺調査くらいはしてるさ」 「とにかく、あいつをさっさと帰さななきゃ」 「今は動くな、場所が悪過ぎる。マスコミに格好の  スキャンダルをくれてやるようなもんだぞ」   柊二は悔しそうに歯ぎしりをする。   そこへ、ダークスーツをきっちり着こなした   青年がやって来て、柊二へ声をかける。 「柊二様。御前がお呼びでございます」 「……分かった」   前菜からメインディッシュ、デザートまで、   高級ホテルの絶品料理を心ゆくまで堪能し、   食後酒をのみながら、   ぼんやりゲスト達の顔ぶれを眺めていたら ――   柊二の姿が視界に飛び込んで来た。   えっ、うそ、本当に同じパーティーだった……   彼の傍らには70才位の紳士と   振り袖姿の可愛らしい女の子がいて。   どうやら柊二は紳士からその女の子を   紹介されているようだ。   紳士の方にも、女の子の方にも見覚えがあった。   女の子の方は確か……今年、秀英会の医事課へ   短大からの新卒で入社した子だ。   都村が”今年の新入の中にとんでもないお嬢様が   いる”って、大騒ぎしてたっけ。   紳士の方は、恐らく大抵の日本人なら名前くらいは   聞いた事があるだろう。   戦前から生糸市場で一財を成し、   一時期は裏で一国の元首おも操っている   といわれていた、   日本政財界の超大物・神宮寺剣造。   何故、柊二と彼女が一緒にいるのか?   そりゃあ、気になるけど。   それを柊二に尋ねたりすれば ――    ”妬いてるのか?”なんて、茶化されるに   決まってる!   だから、聞かない。   俺にも関係する事なら、きっと柊二の方から   教えてくれるハズだから。   そんな事をうだうだ考えていたら ―― 『あ~ら、倫ちゃ~ん』   背後から随分と馴れ馴れしく声をかけられた。   少々ムッとして振り向けば、それは、   珍しくフォーマルに着飾った国枝静流さん。 「静流、先輩……」 「楽しんでるぅ~?」   彼女は利沙やあつしのお姉さんで国枝家の長女。   ㈱各務製薬の人事部に務めている。   女の子らしくお洒落してる先輩を見るのも、   こんな公の場でここまで酔ってる先輩を見るのも、   久しぶりだ、 「あー、そうだぁ。ゴールデンウィークの旅行で買って  きてあげたキムチと韓国海苔、食べたー?」   って、それ、何ヶ月前のハナシだよ。 「あ、うん、食べた。旨かったっすよ」 「でしょ、でしょ~う? この静流さんが買ってきたんだもの  美味しいに決まってるじゃない」 「あ、ところで先輩……酔ってます?」 「へへへ~、ちょーっとね」   何処がちょっとだよ?   大トラになる一歩手前じゃんか。 「ま、潰れる前に帰った方がいいですよ?」 「だーいじょーぶー、今日はナイトも一緒なの」      なんて、笑っていると ―― 『―― 静流』   と、彼女を呼ぶ声が聞こえた。   振り向くと、40代前半位の男性がやって来る。   どことなく、柊二や部長に似てる…… 「あー、紹介するわ。私のフィアンセ・各務匡煌  っていうの。  まーくん? 彼が大親友の桐沢倫太朗よ」   各務だって?! 似てるハズだよっ。   柊二のお兄さんだ。   そして、各務製薬の次期社長。      うわぁ~……なんか、威圧感が半端ないな。   先輩がいつの間にか婚約してたって事にも   驚かされたけど。   まさか、その相手が各務家の次男だったとは   2重の驚きだ。 「―― キミの事は静流から色々聞いていました。  真面目で勤勉な上にとても優秀な産科医だとか」 「いえ、買い被りです……」 「来年には弟もいよいよ家庭を持ち、何かと忙しくなる  だろうから、支えてやって欲しい」   え? 弟も、家庭を ―― って、   部長はもうまりえさんとももちゃんがいるから。   じゃあ、柊二が……? 「あら、匡煌さんったら何も今言わなくたって……」   それ、どーゆう意味? 「何故だ? おめでたい事なのだから何も不都合は  ないだろう?」   と、彼は俺に視線を移した。 「なぁ? 桐沢くん」 「え、ええ……」   俺はもう、頭の中が真っ白になりかけで、   そう応えるのが精一杯だった。 「早く結婚をして落ち着いてくれた方が、  部下達にとってもいい事なんだ。桐沢くん、  キミもそう思うだろ?}   にこやかに、ほほ笑みを絶やさず、   俺へ語りかける匡煌さんは ――   恐らく、いや、ほぼ100%柊二と   俺の関係を知っている。    「……おっしゃる通りだと思います」   それから後、この匡煌さんと別れるまで   何を話したか? そして、このホテルから   アパートまでいつの間に帰ったのか?   まるで、覚えていない。   結婚 ―― 柊二が結婚。   ただその言葉だけが、脳裏にこびり付いて   離れなかった。

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