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第49話 偶然
オレは書類を机の上に散積したまま椅子に座り、
後方の窓外へ目を泳がせていた。
静流が入って来て、ため息をつく。
(この度、彼女はオレの秘書となり
お目付け役となった。
ハッキリ言って超ウザい)
「なぁにクサってんの? 今朝からずっとその調子よ。
昼はちゃんと食べた?」
お袋みたいに小煩い静流にうんざりしつつ、
オレはくわえタバコに火を点ける。
「どーでもいいけど、今夜の約束はすっぽかさない
でよ? あぁ、Wデートなんて久しぶり!」
「どーせ、兄貴は出張なんだからキャンセルだろ?
行きたくねぇー」
「―― いい加減ハラを据えなさい。
結婚するんだから」
「自分で決めた訳じゃない」
「こんな風に屋内へ篭ってばかりじゃ気分も鬱に
なるってもんだわ。ちょうどいいから、三省堂に
私が予約した本取りに行って来てよ」
「かったりぃー」
「外の新鮮な空気を吸えば、そのぼっさぁぁっとした
頭も少しはしゃっきりするでしょ。ホラっ」
追い立てられながらエレベーターに乗った。
外に出ると ―― ま、確かに晩春の風は爽やかで
頭と胸の中の澱みも少しは薄れてくれそうだ。
オレはゆっくり三省堂へと歩き出した。
*** ***
三省堂で、目的の本と日英辞書を手に取り、
それ以外に目についた小説の原書や観光ガイドを
物色する。
―― あぁ、こんなのんびりした時間もたまには
いいなぁ~。
俺は少し楽しくなって、巨大な書店内の探策を
始めた。
スティーブン・キング原作「グリーン・マイル」を
手に取る。
この物語は、トム・ハンクス主演で1999年に
映画化されている(日本公開は2000年)
1932年、大恐慌時代の死刑囚が収容されている
刑務所を舞台とするファンタジー小説。
他に同氏のモダンホラーも2冊一緒に購入した。
店を出ながらあつしに電話をかける。
「今本屋出たとこ、お前は何処にいる?」
『もうすぐ本屋が見えてくるよ』
俺は周囲を見渡す。
「何処だよ……」
こちらへ向かってくる人並みの中で、
立ち止まって俺を見ている見覚えのある顔が
視界に入った。
「そんな……」
2度と会わないと決めた柊二が立っていた。
俺も凄く驚いたけど、
柊二はもっと驚いた表情で俺を見ている。
耳の奥で大きく聞こえる自分の心臓の音と共に
周囲の景色が消え、柊二だけが俺の目に
映っている。
2人の間の時間(時)が止まった……。
俺はその場に凍りついてしまったよう動けなかった。
柊二も動かなかった。
『倫っ!』という、
あつしの声で2人の時間は元に戻り
呪縛が解けた。
―― ここにいちゃいけない。
あつしの腕を引っ張って柊二と反対方向にある
地下鉄の昇降口へ走り出した。
「待て! りんっ!」
柊二の声が聞こえなくなるまで全速力で走った。
やっぱりここへは来るんじゃなかった。
スマホのエディ機能を使って自動改札機を通過し、
階段を一気に駆け下りて、
息を切らしながらベンチに座った。
ハァ ハァ ハァ ハァ ハァ …………
「お前……足、速……っ」
息を整えながらあつしが笑った。
「……ごめん」
「……鉢合わせちまったな」
「うん……もしかしたら、とは思ってたけど、
びっくりした」
「でも、久々に顔、見られたじゃん」
「それはそうだけど……」
「倫ちゃんってば、カオ真っ赤」
「うっせぇーな」
「……んじゃ、行きますか、明神さまの桜まつり」
「まさかあっちでも、バッタリ、
なんて事はないよね?」
「あー? アハハハ―― んな偶然そうそうある訳
ねぇじゃん」
「だよっ! じゃ、行こうか」
いえ いえ、
1度ある事は2度ある、のです……
*** *** ***
倫太朗の後を追いかけたけど、
通行人が邪魔をして
オレは倫太朗の姿を見失った。
まだ心臓が激しく脈を打っている……。
体の震えも止まらない。
久しぶりに見た倫太朗は変わっていなかった。
話したかった……抱きしめたかった。
忘れる事なんか出来るハズがない。
こんなにも倫太朗を心から愛しているのにっ。
オレは強引に気持ちを切り替え、
本屋で静流の用事を済ませ会社へ戻った。
*** ***
何も言わずに執務室へと入ったオレを不審に思い、
静流が後に続く。
「―― ありがと、結構気持ちよかったでしょ?
外も」
分厚い本の入った袋を受け取った。
「まぁ、な。気分転換にはなった」
「お祭りは6時スタートだから、5時半位に迎えに
来るわね」
と、静流は戸口へ向かう。
「―― 倫と会った」
「!!……それで?」
「追いかけたけど逃げられた」
「あっちは若いのよ、
親父のあんたが敵うわけない」
「……あのまま1人逃げて、各務とも一生縁を切ろう
かと考えた」
「バカ言ってんじゃないのっ。今さら何よ」
「分かってるさ。冗談だ、冗談……」
ため息をつきながら出て行った静流を確認すると、
オレはぐったり椅子に沈み込んだ。
あの時、躊躇せず倫太朗を捕まえていたら。
その足で東京を ――
日本を飛び出して行けたのにっ。
各務を捨て、ずっと一緒にいられたのにっ……。
叶わぬ事とは分かっている。
倫太朗がそれを許さない事も分かっている。
それでもオレは倫太朗と一緒にいたかった。
女々しく泣き出しそうな顔を両手で叩き活を入れ、
オレは残りの仕事を再開した。
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