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第3話 嫌と好は紙一重1
めざましの音。
ぴぴぴと同じ音程が頭上で暫くなり続ける。
もぞもぞと布団の中で眠気と戦いながらその音を嫌がる。
自分で止めない限り、止まることのないそれ。
しかし、こうして音が鳴ってから止めるのはとても久しぶりに感じる。
「うー…ん」
というのも、悪夢にうなされずに、ギリギリまで寝られるように設定した時計に起こされたのは数日振りだったからだ。
まさか悪夢にうなされずに起きることが出来る朝が、今日だなんて。
まるで昨日、呪いが解かれたみたいだ。
あの吸血鬼が、解いて行ったみたい…。
のっそり起き上がって、一回背伸びをして、ベッドを綺麗しようとした。
が、まず目に入ったのはティッシュの花畑。
昨日の夜、あの吸血鬼が出て行ってから使ったティッシュ。
それも数がいつもより多い…。
俺は黙々とそれを一つずつ拾っていく。
なんだか、惨めだ。
【嫌と好は紙一重】
そんなところで、今日は寝不足じゃない分、まだすっきりしていた。
けれど、吸血鬼にまた遭遇する確率が高くなってしまった気がする。
なんたって、吸血鬼は俺のことを覚えていたのだから。
さらに昨日は、家まで上がり込んできた、会話までした。噛まれた。
それでなんかよくわからないけれど、毒は入れられるし、俺の醜態は見られるし。
だけど、あの吸血鬼、人は殺さないとか言ってたな。
吸血鬼は飲む血の量を調節してるってことだよな。
え……ってか、
「俺、噛まれたんだよな。」
「は?何言ってんだよ」
思わず独り言を呟くと、横の同僚が反応した。
「え!?あぁ、…何でもない。」
同僚は首を傾げて何それ、と呟いてまた仕事をし始める。
そもそも、なんで呟いた、俺。
いやいや、そんなことじゃなくてだ。
俺は噛まれたんだ、吸血鬼に。
神話ではあるが、いや、今更神話ではなくて実話なのだが、噂によると、吸血鬼に噛まれた人間は、吸血鬼になるとか…。
あくまでも神話だ。俺が聞いたところってやつ。
だから、もしかして噛まれた俺は、吸血鬼になってしまうんじゃないか?
だけど、俺は朝から陽にも当たった。
噂のところ、吸血鬼は日向に出ると焼け死ぬとか…。
でも、それもあくまで神話。
そもそも俺が吸血鬼になっていないのなら心配ないことなのだけれど。
でも、実際分からない。
もしかすると吸血鬼になるまでの潜伏期間とかが存在すれば…
これから知らず知らずに吸血鬼になっていて、カーテン開けたまま寝ていたら焼け死んだとか。
……絶対嫌だ!
やばい。心配事が増えた。
変なこと考えるんじゃなかった…。それも仕事場で。
それより、今日は大丈夫かもしれないが、明日は死ぬかもしれない。
明日死ぬなら何しよう…。
今日今から速攻で会社を抜けて、競馬とか競輪とかデカい額を賭けてみるとか?
でも、もしそれで凄い金額が返ってきても、またそのお金に未練が残るわけで…。
くそ、なんであの吸血鬼はもっと肝心なことを教えてくれなかったんだ。
あんな毒の話みたいなどーでもいいことだけ伝えやがって。
こうなったら、吸血鬼に直接聞くほかないだろ。
だけど、二度と会いたくない、あんな奴。
それにまた噛まれるかもしれないし、今度は全部血を吸われるかもしれないんだ。
二度目の命の保証はないわけで…
それでも、会って聞かなければ、焼け焦げ死ぬかもしれないんだ。
どちらにしても、俺は命の危機にあるんだ。
何だそれ…、俺に死ねって言うのかよ。
「さっきから何してんだよ。」
「うー…」
デスクに肘を着いて頭を抱え込んでいると隣の同僚が俺の頭を叩いた。
ずんと鈍痛が響いて、そのままデスクに頭をぶつけた。
なかなかいい音がした。
色々考えた末、今日はとりあえず吸血鬼対策をとろうと思う。
とりあえず俺は早く会社を出て、ホームセンターへ向かった。
家の近くにあって便利だとは思っていたが、まさかこんなことで利用するとは。
それもこれ、高かったし。
「つーか、暑っ!」
部屋の中、一人で叫ばずにはいられないこの状況。
俺はとりあえず日光の光に近いハロゲンライトをホームセンターで買い占めてきたのだ。
店員凄い顔してたな…。
なにこの人、こんなにこれ勝ってどーすんの?とでも言いたいような顔。
まぁいいお客だろ?俺。
確かにこんなものの中で過ごす方が可笑しいのはわかってる。
でもこんなものの中で過ごさなければならない、この世界が可笑しいんだから仕方ない。
「うちわ、うちわ…」
暑くて死にそうな中、うちわを探すが、そういえばこの家にうちわなんてあったっけと思い返す。
見つかる気がしない俺はとりあえず窓を開けることにした。
開けると同時に部屋よりはるかに涼しい外気が吹き込んでくる。
ため息を吐いて、窓ガラスにへばりつく。ガラスの冷たさがなんともいえないくらいに気持ちいい。
網戸を引いて、窓の近くに座り込む。
それにしても、このハゲろん…ちがったハロゲンライトを寝る時も点けてろって無理な気がするんだが、…無理だよな。
だって暑くて寝れないよ。冷房最低温度設定でやっと対抗できんじゃないの。
でも、そんなことしたら俺の財布が破産ですね。
でも、このライト消しても俺の命は終わりですね。
で、どうすればいいんだよ。
完全に鍵掛けたところで意味なさそうだしな…。
いざとなったら窓ガラスなんてあっさり割っちゃいそうだし。
とりあえず俺のこの日光作戦はなかなかな対処法だと思ってるんだけど。
あ、財布の件は抜いてね。
「あーあ、腹減ったー」
なんやかんや考えてたらキリがない。命がなくなったら財布どころじゃないんだし、財布にはひとまず耐えてもらうことにしよう。
そんで、腹ごしらえ、腹ごしらえ…。
今日のメニューはなんとも質素。
納豆と白ご飯、お茶にインスタントの味噌汁。
俺の腹は財布に優しいんです。あのハゲろん…ハロゲンライトと違って。
とりあえず納豆は当たり前の如く白ご飯にかける。
で、美味しそうに納豆を白ご飯の山に広げて、いったん箸をおく。
「いただきます」
お行儀よく手を合わせて神様に感謝。でも今の現状には感謝していない。
そーいえばいただきますって、神様に感謝するんだったけ、なんて考えながらもう一度箸を持って、納豆のかかった白ご飯にがっつく。
やっぱ納豆ご飯は最高だね。
なんとか俺の一日は終わった。今日はあの吸血鬼が現れる素振りなど一つもなかったが、一番用心しなければならないのは今からの時間だ。
とりあえずハロゲンライトを寝室のベッドの近くにセットして、俺をそのライトで囲む。
暑いのには冷房で耐えるとして、出来るだけ節約するのに服を脱ぐ。
あんまり下着だけで寝るとかないから少し変な感じだけど、服を着てるとさらに暑くなる。
そして、そのままベッドにダイブして暑さにやられないうちに眠りにつこうと努力した。
努力のかいあって俺はすぐに眠りの底に落ちた。
夜中に一度暑くて目が冷めたが、冷房の設定温度を二、三度下げてまたベッドに倒れた。
するとそのまま眠気に誘われて夢の中に落ちていった。
だから、結局ハロゲンライトに囲まれていてもなんとか寝られるってことで、俺はその日から毎晩、ハロゲンライトに囲まれて眠った。
そして、窓から陽が差すと俺は安心して体を起こす。そして、回りに付けていたハロゲンライトも切る。
あ、それと冷房も。
そしてまた一日を始める。
おかげで朝の目覚めはなかなかよくなって、悩むより、ホームセンターでライトを買ってきて良かったと思ってる。
仕事だってはかどるようになったし、夜はほとんど悩まされずにすむ。
変な夢だってもう見ない。
そんな少し変わった生活だけども、俺は送り続けた。
そしてそのうち、あの吸血鬼が来た夜からもう二週間という時間が過ぎた。
見事にあの吸血鬼とはまったく会わずにすんでいる。
というより、あの吸血鬼はもう俺に会いにこないかもしれない。
なにせ、俺が最後に『二度と来るな』と言ったからな。
そんな風にも思えるようになった、毎日が平和過ぎて。
そして、なにより俺は吸血鬼には豹変しない。
もうこんなに時間が経って牙とかはえてこないなら俺は人間のままであると確信できるだろう。
それにハロゲンライトは切るようにしようと思った。
そして、万が一吸血鬼が来たら、瞬時に点ければいい、そう思っていた。
だが、そんなある日に限って不幸とはよってくるもので…
その夜、仕事が終わって家に帰ってきた俺は少し気持ちが楽になっていた。
いつも通り晩御飯を用意する前に、着替えようと寝室に向かう。
お腹が空いてたまらない俺はせっかちで、ネクタイを解きながら寝室のドアを開けた。
そして、いつもならスーツの上着をベッドに投げ捨て、ネクタイを完全に解いて、シャツのボタンを外すが。
今日、寝室に入って見た光景はいつしかの光景だった。
「…え……」
「久しぶり」
気付けばベッドの横の窓が開いていた。
すぐにその窓から入ってきたことは分かったが、ここは六階。それを登ってきたというのだろうか。
「ど、どうやって…」
「窓開いてたから、入った」
「入ったって…」
壁にもたれかかる吸血鬼。闇の中蘭々と光るは赤い瞳。
俺の恐怖心が震え始める。
「近づくな!それ以上!」
「これは日光ライトか?面白いな」
その吸血鬼は一番近くにあったライトのスイッチをオンにして明かりをつけた。
そして、何故か自らそのライトに手をかざしてみせた。
「なに…して…」
「どうだ、なんか変化したか?」
俺はよく見てみたが、彼の腕に何の異常も見られなかった。
俺は頭を左右に振った。
要するに彼はこんなもの意味がないと言いたいのだろう。
「俺ら吸血鬼は太陽に当たっても死ぬことはない、残念だが」
「そ、そうなのか……」
心の中で俺の努力は一体何だったんだと嘆きつつ、てっきり神話を信じ切っていた自分が恥ずかしくなったのだった。
「それより、元気してたか?」
「はぁ…?」
吸血鬼は俺のベッドに座り込むと俺に尋ねた。
「最近は色々あってあんたを観察出来てなかったものだからな。」
「観察って、今まで、俺のこと監視してたってことかよっ!」
「まぁな。」
餌の監視とでもいうとこなのか。
何故監視する必要があるのかは謎だけれども、そんなこと聞いて喜ぶやつはどこにもいない。
「で、元気してたのか?」
「え?あぁ。ってか関係ないだろ」
そう言うとすこしむっとなった吸血鬼。
正直機嫌を損ねるのは恐ろしく思うが、びびっているのも弱みに付け込まれるだけだ。
俺は何も考えずにクローゼットの前にネクタイを緩めながら移動する。
「それもそうだな。ただ…」
「ッ!?」
彼はただ…と呟いてすぐに、瞬間移動でもしたのか、突然俺の目の前まで間合いを詰めた。
びっくりして俺はクローゼットの中に後ずさり服の中に埋れてしまった。
スーツ以外はクローゼットにだらしなく放り込む癖のある俺。
そしてその積み重なった服の山に足を引っ掛けて転んでしまったのだ。
「な、なんだよ…、突然…!」
「何であんたはいつもそう怯えるんだ」
「…怯えるって、当たり前だろ…」
自分の脱ぎ捨てた服の中に埋れながら目線の高さまでしゃがみ込んできた吸血鬼を見つめる。
吸血鬼はやはりまだむっとした顔をしていて、機嫌はよろしくないみたいだ。
「そうだな。当たり前だ。食物連鎖において喰われる側の人間は喰う側を恐れないわけがない。」
そう言うと吸血鬼は俺の頬に触れた。
ぞくりとするこの触れ方。
恐怖と何かよく分からない、得体の知れない感情が体を硬直させる。
「そうだ、それが当たり前の反応だ。じっとしてろ、この前と同じく痛みは伴わない」
僅かに笑う吸血鬼の言葉に俺はやっと気付いた。
今から自分は彼の食事のメニューになることを。
「いやだ……」
痛みは伴わないのは嬉しいが、(いや実際には噛まれること自体嬉しくはないが)その痛みを和らげるための麻酔が怖い。
「下手に動くと痛いぞ、」
赤い目は、目の前の晩御飯を捕らえられて満足なのか、ぎらぎらと輝いている。
その目は恐怖心を煽り、俺を完全に動けなくするんだ。
「そうだ…大人しく…」
耳元まで近付けた口で、催眠術をかけるように何度も大人しくと呟く。
耳にかかる息が体の力を抜いて行く。
わざとなのか、それはさらに俺の恐怖心を煽って、同時に吸血鬼という化け物がこんなにも近くにいると気付かされる。
「嫌…、やめてく…」
止めてくれと言い終わる前にこの前とは違い、吸血鬼の牙が首筋に刺さるのを感じた。
「イッ…!」
ほんの一瞬だがチクリとした痛みに顔をしかめる。
しかし、それもすぐなくなりあの恐ろしい麻酔が効いてるのだと思った。
そう思うとさらに怖くなる。
またあの麻酔が体を支配してしまったらと、思い出すのは初めて噛まれたあの夜のことだ。
吸血鬼は俺の後頭部に手を添え、もう片方の手は俺の肩をしっかり掴み、首筋に顔を埋めて食事を楽しんでいるようだ。
「ぁ…やめっ…」
俺の言葉には全く応じず、ひたすら血をすすっているらしい。
今はまだあの麻酔は効いてる様子はなく、ただ血を牙を刺された箇所から吸われ続けているのは分かった。
この前よりもはるかに長い時間吸い続けている。
怖い、怖い、怖い。
今度こそ殺されるんじゃないと思う。
どんどん血を抜かれていくことに恐怖を覚えた俺は体に密着する吸血鬼を突き飛ばした。
「止めてくれよッ…!痛ッ!!」
突き飛ばされた吸血鬼は、後ろに手をついて転んでいた。
無理矢理離れたせいで噛まれた箇所はかなり深い傷になっていて、俺の首筋から鎖骨下あたりまでは血まみれになっている。
もちろん痛みはあるわけで、患部を手で押さえて肩で息をする。
今更だが突き飛ばしたことを後悔する。
吸血鬼の顔を見ることができない。
to be continued.
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