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「すげぇ世の中になったよな」 放課後、図書館のカウンターで受付を担当していた式は億劫そうに顔を上げた。 「そこにいられると本を借りにくる生徒の邪魔になる」 カウンターに両肘を突いて式を覗き込んでいた隹は隠されもしない迷惑顔に何故だか満足そうにしている。 「本を戻してきます」 司書の教諭に声をかけ、返却された本をブックカートに乗せ、マナーのよい生徒が勉強や読書に勤しんでいる静謐な空間を横切っていく。 「男が身籠るなんてな」 一人、マナーの悪い生徒は式の後を上機嫌でついていく。 「しかもそういう連中を神聖化する団体もいやがる」 棚に本を戻そうとしていた式の手がぴたりと止まった。 「奇跡だと。女を介さず男の胎から生まれた命は」 「……」 「俺からしたら馬鹿げてる」 式は棚に片肘を突いて横から自分を眺めている隹を見ずに、俯き、低い声で呟いた。 「男が身籠るのは馬鹿げてるか」 「は? そういう意味じゃねぇよ」 「……?」 「男も女も関係ねぇだろ。国も人種も、犯罪者だろうと。猫や犬だって。生まれてくる命は全部奇跡だろ」 式は隹を見上げた。 シャツの第一ボタンを外し、ネクタイを緩め、高校生らしからぬ鋭く不敵な雰囲気を身に纏うクラスメート。 「……そうだな」 天井から吊り下げられた古めかしい電燈、柱時計、学園において最も重厚な空気に包まれているのがこの図書館だった。 外はまだ日差しで満ち溢れているというのに、どこか薄暗く、いつの間にか指先が冷たくなっている。 そんな図書館にひどく馴染んでいる式。 いつだって制服をきちんと着用し、物静かで、授業以外は本ばかり読んでいるか、もしくは。 阿羅々木と話をしているか。 「阿羅々木のこと好きなのか?」 式はすっかり迷惑顔を取り戻して隹の元から足早にブックカートを引いて離れていくのだった。

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