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「離してくれ、隹」
夕日に満ちた河川敷の片隅、人気のない橋の袂で隹は振り返った。
「離して」
式はもう一度願う。
ずっと自分の手をとって前を進んでいた彼に震える声を振り絞った。
「こういう運命なんだ、きっと、こんな体で生まれ落ちた瞬間から……俺の人生は決まってたんだ」
目を見たら駄目だ。
その鋭い破片越しに自分の心の有り様がきっと写り込んでしまうから。
「諦めるのかよ、式」
自分から振り解くこともできずに立ち尽くしていた式は答えられずに俯いたままでいた。
どこかで鳴り渡る警笛。
大空を区切る電線に寄り添う漆黒の翼。
「お前が諦めても俺は諦めない」
離すどころか柔らかな肌に食い込んだ爪。
「俺が自由に生きるには式が必要不可欠なんだよ」
行き場に彷徨って途方に暮れている式に睨むように笑いかける。
「お前、しばらく家に帰るな、学校にも行くな」
「……じゃあ、どこに行けばいい」
「俺といろ」
誘惑に勝てずに、式は、隹を見た。
一目見た瞬間から焦がれていた鋭く不敵な双眸を。
「……うん」
後少しだけ。
隹と、この、自由な時間を。
隹に案内された先は見晴らしのいいタワーマンションの一室だった。
家族の形跡どころか生活感すらない、最低限の家具だけ揃えられた殺風景な1LDKであり、冷蔵庫どころか鍋やフライパンといった調理器具さえなかった。
「親父の別宅」
隹はコンビニで買ってきた夕食をダイニングテーブルに広げ、式は窓辺に立って宵闇に点り始めた街並みを眺めた。
「今は海外出張中、だから俺が好きに使ってる」
「お父さん、何の仕事を?」
「起業家? 経営者? 今はイギリスに日本食の店出すとかで、現地リサーチ中」
「そうなのか」
「ここは主に愛人呼ぶためのスペースだと」
「え?」
くるりと振り返った式に隹は喉奥で笑った。
「冗談だよ」
普段、あまり口にしないコンビニのおにぎりやお惣菜を隹と向かい合って食べた。
「あのサンドイッチうまかったな、お前の手作り、あれ食ったら他のがダメに思える」
「……これもおいしいが」
浮かれた神経で昂ぶる味覚は何の変哲もない食事をやたら美味しく感じさせた。
「疲れただろ、式」
食事を済ませて人心地ついた式を隹はソファへ連れていった。
「……隹、別にいい、こんな」
「いちいち気にするな」
ブレザーを脱ぎ、ストライプシャツを腕捲りした隹の膝枕に、ブレザーを羽織ったままの式は最初は遠慮していたのだが。
「まだ八時前だけどな。今、少し寝とけ」
長い五指で髪を梳かれて、頭を撫でられて、不慣れで恥ずかしいのに。
長く続かない短いひと時だと、そうわかっていても。
安心した式はあっという間に眠りに落ちた。
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