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「今コイツに触った指、折られるか潰されるか、どっちがいい」
溢れ出そうになる涙を精一杯食い止めていた式部の元へ彼はやってきた。
キャットマスクを自ら剥ぎ取り、大いに混雑していたダンスフロアの人波を掻き分け、酔狂なマスカレードを飛び出して。
仮装した人々の哄笑が絶えない歩道を全速力で走っていたら通行人にぶつかった。
仮装はしていなかった、酔っ払っていたスーツ姿の若い男は、謝ろうとした式部を突き飛ばした。
突き飛ばされた式部が路上に倒れ込む前に隹川は抱き止めた。
モロ華奢な中学生よりも遥かに運動能力が優れ、すぐに追い着いた高校生は、手加減なしの殺気を翳して外敵と見做したスーツ男を睨み据えた。
「いや、違うな、折って潰されるか、潰して折られるか、どっちがいい」
気圧された男は不格好な駆け足で二人の前から去って行った。
腹底から這い上がってくる殺意を引き摺って、胸糞悪い背中を未練たらしく睨んでいたら、腕の中に受け止めた式部がポツリと言った。
「……今のは僕が悪かったんだ……」
離して、隹川。
「もう帰る」
「お前はわざとぶつかったわけじゃねぇだろ、アレはお前をわざと突き飛ばした、指十本じゃ足りねぇよ」
「……帰るから、お願いだから離してーー」
「鞄いらねぇのか」
式部ははっとした。
「う、宇野原と北、置いてきた」
「繭亡がいるから大丈夫だろ、多分」
「み、見られた、二人に……あんなところ見られたくなかった、きっと幻滅された……」
「もう済んだことだろーが、過去をいちいち気にしても仕方ねぇぞ、式部」
「……隹川の幼馴染みの人達にだって……他の人にも……どうしてあんなことしたんだ、隹川のばか……」
重たい学生鞄を小脇に抱え、片腕で式部を捕まえていた隹川は、放しがたい温もりを望まれた通りに解放してやった。
「お前のこと見せびらかしたかったんだ、悪いかよ?」
受け取った鞄をぎゅっと抱きしめて俯いた中学生に真正面から寄り添う殺人鬼もどき。
「俺のダチや知らねぇ奴等全員に自慢したかったんだよ」
「……自慢の忠犬 だって?」
さらに顔を伏せ、癖のない髪の狭間から火照った耳朶を覗かせた式部に、隹川は密やかに見惚れた。
阿羅々木とやたら話し込んでいたものだから独占欲に火が点いた。
やり過ぎだろうと、捕まったとしても、仕方がない。
俺を煽るこいつが何もかも悪い。
「人前がそんなに嫌だって言うんなら、じゃあ、二人きりならいいんだな」
自分を受け止めてくれた隹川の熱の余韻に背中まで火照らせていた式部は顔を上げた。
「いいよな、式部?」
自分の拒絶を容易く狩る捕食者が愉しげに笑っていた。
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