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「あんまり式部をいじめるな、繭亡」
それまで黙り込んでいた阿羅々木がやっと口を開いた。
「式部はまだ半分こどもだ」
まるでキスするように式部の顎を持ち上げていた繭亡は肩を竦め、手を離し、イスに座り直した。
「いじめられている割にはケロリとしてる。大層頑丈な面の皮をお持ちのようだ」
眼差しや言葉の端々に滲ませていた敵意を徐々に明け透けにしていった繭亡は嗜虐的な微笑を浮かべる。
身の丈に合った恋愛をしろ、れっきとした中傷を投げつけられた式部は冷めていくカフェラテもそのままに美丈夫なる上級生に毅然と言い返そうとして。
「行こう、式部」
ゆっくりと立ち上がった阿羅々木に目を丸くした。
「阿羅々木、僕は平気だ、それに半分こどもってどういう意味だ?」
真横に立ったかと思えば阿羅々木にひょいっと持ち上げられて式部はイスから立たされた。
悠々と足を組んで様子を眺めていた繭亡は銀朱色の唇を綻ばせて、言う。
「隹川専用のオモチャをこっそり横取りでもするつもりか、阿羅々木」
式部は耳を疑った。
どうしてそういうことを平気で言えるんだろう。
隹川も繭亡も性格が歪んでいるとしか思えない。
阿羅々木は、あんまり喋らないから、よくわからない……。
唖然としている式部を連れて、ノートやテキストが詰まった重たい学生鞄を持ってやり、阿羅々木は去って行った。
西日の温もりが心地いいテラス席で繭亡は身長差が半端ない二人を見送った。
片手にスマホを携えて。
「友達なのにどうしてあんなこと言えるんだろう」
「そんなにおかしいか」
「おかしい。隹川も繭亡も貶すみたいな言い方をわざと選んでる。変だ」
「気のおけない幼馴染み同士だからな」
「幼馴染みだからって限度があると思う……」
式部ははたと我に返った。
阿羅々木に促されるがままカフェを後にし、図書館に移動し、天井の高い開放感あるフロアの片隅で立ち止まった。
「阿羅々木、どうして図書館に来たんだ?」
「図書館は嫌いか」
「ううん、嫌いじゃないけど……あ、鞄、ありがとう」
阿羅々木から学生鞄を受け取った式部は長身の彼を改めて見上げた。
「阿羅々木って本当に背が高いんだな」
「188ある」
「わぁ」
「繭亡は179、隹川は184だ」
「みんな高い」
「式部は160か」
「……うん、ピッタリだ、すごい」
フードつきのロングジャケット、襟シャツ、細身のデニム、スニーカー、アイテム全部が黒一色の阿羅々木は長い黒髪を結ばず背に流していた。
「阿羅々木ってモデルみたいだ」
……そもそも幼馴染み全員の外見が平均以上に優れてる、繭亡の妹のセラだって目立っていた。
お酒とタバコと爆音が珍しくも何ともないあのお店で、いろんな人達がいる中で。
隹川達は誰よりも注目を浴びていた……。
『恋愛は背伸びせずに身の丈に合った階級で愉しんだ方がいい』
繭亡の言葉を思い出して式部の胸は歪に波打った。
『駄々こねんじゃねぇ、お仕置きするぞ』
隹川の言葉を思い出すと人格否定されている気分に陥って心が沈んだ。
「……そういえばカフェラテの代金を払っていない」
うっかりタダ飲みしてきたことに今更ながら気がつくと今度は青くなった。
「阿羅々木、今すぐ戻ろう」
「気にするな」
「だって、宇野原と北のタクシー代も払ってもらって、今度は僕の飲み物代まで、こんなの厚かまし過ぎるっ、本当に面の皮が分厚くなるっ」
「気にするな」
「気にするな」一点張りの阿羅々木に痺れを切らして、まだいるかもしれないと、式部は慌ててカフェに戻ろうとした。
すると阿羅々木は式部の顔をおもむろに両手で挟み込んだ。
多くの利用者がいる図書館内で。
背中を屈めた高校生は突拍子もない行為にきょとんとしている中学生を覗き込んだ。
「お前の面の皮は特に厚くなってない」
真顔でそんなことを言い、こどもかワンコかニャンコとでも接するように顔やら頭やら撫で回した。
「阿羅々木、離してくれ、恥ずかしい」
「気にするな」
「いくらなんでもこれは気にする……僕が小さいからって勝手すぎる」
近くにいた利用者らにクスクス笑われて式部は赤面し、阿羅々木の骨張った両手が離れていくと、やっぱり気になって仕方なくてカフェへ戻ろうとすれば。
次は手をとられた。
「屋上へ行こう」
「阿羅々木……これだと手を繋いでるみたいだ」
「抱えて連れていってもいい」
「そんなの嫌だ」
「お前は構ったり触りたくなる」
渋々手を繋いだものの周囲の視線が気になる式部は阿羅々木の振舞に怪訝そうに小首を傾げる。
「僕はこどもじゃないし犬や猫でもない」
「そうか?」
「僕はもう中学二年生だ」
隹川達は、優れた外見を手にした代わりに秩序や常識をどこかへ落っことしてきたんだろうか……。
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