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「お前、なんで泣いてる、式部」
手首を掴まれて屋上庭園から連れ出され、薄明るいエレベーターホールまで引っ張ってこられた式部は忙しげに瞬きした。
「ッ……!」
隹川は問いかけておきながら答えも待たず、ホールボタン脇の壁に向かって片手で式部を突き飛ばす。
「阿羅々木にああ言われてショックだったか?」
次は手加減なしの力で両手首を引っ掴み、痛みに目許を引き攣らせた年下男子に詰問した。
「アイツがおきれいで高潔な変わりモンだとでも思ったか。裏切られて泣くくらい、そんなに気ぃ許してたのかよ、なぁ」
無慈悲な掌に捕らわれた骨身がギリギリ軋んだ。
不敵な眼に一心に見下ろされて胸が一気に張り詰めた。
「ちが……痛いっ……手首が痛いんだ、隹川……千切れちゃう……」
壁に磔にされた式部が切れ切れにそう言えば隹川は笑った。
手首が千切れそうだって言ってるのに笑うなんて。
隹川の前世か来世はきっと悪魔だ……。
「俺のせいで痛くて泣いてるわけか」
二人の足元には式部の学生鞄が無造作に放られていた。
「それなら許してやる」
涙するのを上から目線で許可した傲慢極まりない年上男子。
呆れ果てて何にも言えない式部にその場でキスした。
見る間に濡らされた唇。
式部は息苦しそうに呻き、さらにぽろっと涙し、か細い指を壁の上で悶えさせた。
チーーーーン
唇を重ねた瞬間から披露された獰猛な舌遣いに意識が朦朧となりかけた式部であったが、その音色はかろうじて聞き取ることができた。
「ッ……んんんっ! んーーーー……っっ!!」
隹川にも聞こえていた。
しかし続行した。
そして無情にもエレベーターの扉は開かれる。
話をしながらホールに降り立った三人組の女子中学生は視界に入った光景に思わず棒立ちになり、隹川は、モロ華奢な式部を懐にすっぽり仕舞いこんだ。
「見てんじゃねぇよ」
本来ならば注意される側だというのに鋭く笑いながら彼女らを注意する。
年下女子らは「すみません」と口々に平謝り、反射的に後ずさり、エレベーター内に逆戻り、した。
扉が閉じられた直後に聞こえてきたのは悲鳴にも近い黄色い声。
隹川の懐の中で式部は「最悪だ……今の制服……同じ学校の人にまで見られた……」と、もごもご嘆いた。
「それに屋上に用があったはずなのに追い返すなんて……ひどいぞ、隹川」
「知るか。それよりお前は自分の身を案じろ」
「え……?」
スパイシー系の香水が香る腕の中でおっかなびっくり顔を上げてみれば。
「俺に黙って勝手なことしやがって。まさかこの程度のお仕置きで済むなんて思ってねぇよな?」
独裁者感剥き出しで凄む不敵な眼と目が合って式部は途方に暮れる。
繭亡に誘われただけ。
自分は何も悪くない。
そう言っても、隹川は、僕の言うことなんか何一つだって聞き入れてくれないんだ……。
でも……。
はんぶんこされなくてよかったぁ……。
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