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「こんなの嫌だ、隹川……」
目隠しされて遮られた視界。
心許なくて不安でしかない。
ここは繭亡の別荘だ、いつ誰がやってくるかわかったものではない、それなのに。
「拒否ってんじゃねぇ、いつも通り俺を感じろ、式部」
いつも通りの高圧的な物言いで隹川は言う。
肌身に綴られる愛撫。
ざわざわと波打つ心。
これは今までにないスリルに身も心もただ戸惑っているだけ……?
ー二時間前ー
「ラザニアもスペアリブもお店の味みたい」
「セラ、おかわりいるか!?」
「おかわり頼む、獅音」
「あっ、うん、兄貴!!」
「獅音は年々料理の腕が上がっているな。SNSに上げたら人気が出るんじゃないのか」
「俺の手料理は兄貴のためだけに存在してんだよ、知らねぇ他の奴らに見せる必要ねぇ!」
「ブラコン」
「お、お前だって繭亡にべったりじゃねーかっ、セラのブラコン!!」
いつもより早い日暮れを迎えた森林地帯の夕方五時過ぎ。
カーテンを開け放したままシャンデリアの点る広間で早めの夕食を思い思いにとる高校生一同。
セラと獅音は床に座り込んで、繭亡は一人掛けのソファで優雅に、隹川はカウチソファで、阿羅々木に至っては離れたバーカウンターで黙々と食べていた。
唯一の中学生は。
せっかくの美味しい食事を味わうこともできずに、カウチソファの端っこに居心地悪そうにちょっこん腰かけていた。
「それにしても式部はよく似合っているな」
なるべく触れられたくなく、存在を押し殺そうと頑張っていたが努力は無情にもまるで報われず、式部はビクリと肩を震わせる。
宣言通りセラに女装させられた。
良心的な膝丈のオフタートルニットワンピはゆったりサイズのホワイト系。
アーガイル柄のニーソ。
来客用のもこもこスリッパ。
強制的に施されたナチュラルメイク。
ご丁寧にマニキュアまで、髪もスタイリング剤で女子風ショートボブっぽくセットされた。
「でしょ? 自分のときよりうまくできて楽しかったの!」
キッチンへ回り、白いお皿にワンプレート風に盛り付け、自分でおかわりをしてきたセラは床にあぐらをかいて満足げに発言した。
……セラには悪いけど、正直、違和感しかない。
……今すぐにでも顔を洗ってメイクをとりたい。
「ねぇ、式部、次は何着たい? 私が推したAラインのツイードワンピースはどう?」
「あれは短すぎるし、もう着ない、これで最後にしてほしい、セラ」
「遠慮しないで!」
「……全く遠慮してない」
「なぁ、繭亡、お前の妹は俺よりオモチャの扱いに長けてるみたいだな」
「なかなか手に入らない生身のオモチャだから腕が鳴るんだろう」
「兄さん! 隹川に同調しないで!」
相変わらずのオモチャ呼ばわりに居た堪れなくなった式部は、一回目のおかわりに行くフリをしてキッチンへ避難した。
「……別に誰かの了承をとる必要なんかない、元の服に着替えてこよう」
空にしたお皿をシンクに置き、一階奥にある琉球畳の和室へ向かおうとしたら。
「着替えるのか、式部」
三回目のおわかりをしに阿羅々木がキッチンへやってきた。
「似合ってるのに」
「阿羅々木までそんなこと言うのか」
「おかわりはどうする」
「あ……じゃあ、エビとアボカドのサラダ……」
コンロには湯気立つ料理の入ったフライパンや鍋が所狭しと並び、長い黒髪を一つに括った阿羅々木は大皿に盛られていたサラダを式部の皿に取り分けてやった。
「ビュッフェみたいだ」
着替えに行くタイミングを失って肩を竦めつつ、式部は阿羅々木の隣に並んだ。
「行ったことあるのか」
阿羅々木は頼まれてもいない漬けサーモンや里芋のニョッキを式部の皿に盛りながら尋ねる。
「うん。家族と何回か行ったことがある。でもすぐお腹いっぱいになって、そんなに食べられなかった」
「そうか」
「うん。お姉ちゃんは何回も何回もおかわりに行って、デザートも全種類食べてたけど」
「式部には姉がいるのか」
「うん。大学生でよくわからないサークルの集会に毎週行ってる」
「よくわからないサークルか」
やはり波長が合うのか。
最初は話しかけるのに躊躇した式部だったが、阿羅々木が相手だと、宇野原や北と交わすような他愛ない会話が自然とできた。
「……僕もカウンターで食べようかな」
なるべく皆の視界に入りたくない式部がポツリとそう言えば「好きにしたらいい」と阿羅々木は答えた。
「隹川がやきもちをやくかもしれない」
「隹川が? やきもち……?」
格子壁の隙間から広間を窺ってみれば炭酸水のペットボトル片手に繭亡と談笑する隹川の姿があった。
隹川に焼かれるとしたら。
それは僕の心くらいだ……。
「お子様な式部に合わせて幼稚な遊戯でもやるか」
食事が終わり、後片付けも済み、不慣れな格好でいる中学生以外のメンバーが一息ついていたところで。
隹川が唐突にそんな台詞を口にした。
「中学生のガキに合わせて何やんだよ、兄貴ぃ、ドッジボール? ハンドベースボール? ポートボール?」
「それやりたいの獅音でしょ」
「この寒さと暗さで激しいボール遊びはシビアだな」
繭亡が視線を傾けた窓ガラスの向こうはすでに濃厚な宵闇に満たされていた。
「夏休みは獅音お手製の罰ゲームすごろくで盛り上がったな。隹川が<百合の館>に避妊具の持ち合わせがないか尋ねに行ったのは滑稽だった」
「俺の弟とはいえエグイ罰ゲーム考えたもんだよな」
「あれは兄貴が書き足したやつだし!? そんで兄貴サイコロ振って自分でそのマスに進んだし! 俺そんなエグイ罰ゲーム思いつかねぇし!!」
なんて恐ろしいゲームをしているのだろうと、カウチソファの端っこでドン引きしている式部を見、隣に座る隹川は不敵に笑った。
「鬼ごっこでもやるか」
一人掛けソファの上であぐらをかいていたセラは「ふーん」とクールな返事を、反対に床に寝転がっていた獅音は「鬼ごっこ!? 何鬼っ? 色鬼!? 氷鬼!?」とテンションブチ上げ状態で飛び起きた。
窓辺に佇んでいた繭亡は再び宵闇に視線を注ぐ。
カウンターで読書に耽っていたはずの阿羅々木は英語の文庫本を静かに閉じた。
「そうだな」
目蓋がくすみ系ピンクにほんのり色づいた式部の切れ長な双眸を見つめ、隹川は言う。
「目隠し鬼にするか」
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