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「……何にも見えない……」 最初のジャンケンで負けてしまった式部。 黒い布で目隠しされ、想像以上に視界を漆黒に塗り潰され、大いに戸惑った。 「当たり前だ、目隠し鬼なのに見えてたら意味ねぇだろ」 式部に目隠ししてやった隹川は失笑する。 「式部って目隠しが似合うのね。だけど、ここに来るのは初めてだし、慣れない場所で怪我なんかしたら可哀想」 広間のほぼ中央で途方に暮れている式部を一先ずスマホでパシャリ、ちゃっかり写真撮影した後にセラは気の毒がった。 「今、シャッター音がした……? まさか今の僕を撮ったのか……?」 「おい、セラ、こんなカッコしてっけどコイツ男だぞ? 甘やかすな!」 「……これは誰だろう」 「それは俺の背中だ」 「っ……繭亡だったのか、すまない」 警戒している繭亡の背中を頻りに触っていたと知り、式部は慌てた。 咄嗟に後退りし、不安定によろめいたところを、後ろから誰かに支えられた。 「ここにはストーブがある、危ない」 「あ……阿羅々木……ありがとう」 こんなの無理だ。 一歩進むのにも相当な勇気がいる。 視覚が閉ざされるって、こんなにも怖いんだ……。 「目隠し鬼のルールはもちろん知ってるよな?」 ネイビーのVネックニットを腕捲りし、褪せたインディゴ色のジーンズを履いた隹川の問いに式部はぎこちなく頷いた。 「お前が抱き着いた奴が次の鬼だからな」 「抱き着く? タッチするだけでよかったはずじゃあ……」 「私っ、式部にハグされたい! 鬼さん、こちら! 手の鳴る方へ!」 「そんなに興奮してると逆に警戒されて間合いとられるぞ、セラ」 途方に暮れている式部に過剰に接近しようとしたセラを引き戻し、隹川も手拍子を始めた。 「ビビリの鬼さん、手の鳴る方へ」 「こんな状況なら誰だってビビっちゃうはずだ……隹川だって……」 「鬼さん、こちら」 繭亡のかけ声も加わり、このままじゃあ埒が明かない、誰かを捕まえなければと、式部は恐る恐る前へ進んだ。 「可愛い鬼さん、こっちこっち!」 一番近いところにセラがいるみたいだ。 でも、とてもじゃないけど、女の人に抱き着くのは……。 「鬼さん、こちら」 繭亡の声が一番遠い、きっと捕まる気なんかさらさらないんだろう。 「ノロマ」 「わ、ぁ……っ」 いきなり耳元で嬉々として罵られて式部はびっくりした。 「ちゃんと抱き着かねぇと鬼続行させるからな」 鬼のようなことを隹川に言われ、さすがに悔しくなった鬼役の式部は思い切って意地悪な彼に抱き着こうとしたのだが。 すかっ 「ハズレ」 「うう……っ」 速やかに避けられて空しい手応えについついしょ気た。 「はっ! 兄貴を捕まえようなんて千年早ぇんだよ!」 「式部、ほらほら! こっちこっち!」 「セラ、式部は中学生であって幼稚園児ではないからな」 獅音は得意げに啖呵を切り、幼児を相手にしているような過保護なセラに繭亡は微苦笑し、隹川は口笛まで吹いて式部を完全に仔犬扱いした。 しょ気て、遣り切れなくて、暗闇の視界がやっぱり怖くて。 成す術もなく式部が立ち竦んでいたら。 「鬼さん、手の鳴る方へ」 すぐそばで聞こえた声。 救済にも思えたその声に式部は思わず全力で縋りついた。 「……俺が鬼だな」 外された目隠しの向こうには阿羅々木がいた。 視界に光を取り戻し、自分に抱きついたまま眩しそうに瞬きしている式部の頭をいつものように撫でた。 「保護、ご苦労様」 式部に捕まえてもらえずに残念がっているセラの背後で繭亡は冷えた笑みを。 「人嫌いだからって余所のペットを手懐けようとするなよ?」 ソファの背もたれに片手を突かせて前屈みになった隹川は一切の躊躇なくぞんざいに言い放った。 「おい、いつまで抱き着いてんだ、式部」 「僕はペットじゃない」 「式部、阿羅々木に捕まってまた鬼になっちゃうから離れましょ?」 「……鬼はもう嫌だ」 この<目隠し鬼>自体、誰かが怪我しそうで続けるのが嫌だった式部だが……。 「ひッ、いだいいだいッ、阿羅々木に背骨折られるッ!!」 すぐに獅音が阿羅々木に捕まって鬼役が変わると隹川がとんでもない新ルールを追加した。 「広間限定でやるのもつまらねぇな、範囲広げるか」 ぎょっとしている式部をスルーして別荘内すべてに範囲を拡大すると宣言した。 「隹川、そんなの危ない、キッチンや階段は危険過ぎる」 「悠長に喋ってたら弟に捕まるぞ」 何故か「鬼さん、こちら」の掛け声は自然と廃止され、逆に沈黙に徹底して息を潜め、鬼役は聴覚を研ぎ澄ませて些細な物音を頼りに次の生贄を求めるようになって。 「兄貴捕まえた!!!!」 ブラコン弟が抱き着いたのは愛しの兄だった。 目隠しされて迫力と色気が増した隹川に式部は動揺し、絶対に捕まりたくないと、親切なセラにこっそり手招きされて二階へ避難しようとしたのだが。 「わぁっっ……!」 ものの見事に、あっという間に、隹川の両腕に容赦なく捕らわれた。 「な、なんでこんな早く、信じられない、何かズルしてるんじゃないのか?」 「ズルなんかしなくても匂いですぐにわかんだよ」 洗面所前の廊下で過激なバックハグを喰らって、なおかつ肉食獣さながらな台詞、式部は目を剥くしかなかった。 自分で目隠しをずらして鋭い眼の片方を覗かせた隹川は獲物さながらに戦慄している式部に笑いかける。 「お前こそズルしてんじゃねぇ」 「う……」 「セラ、余計な手助けしやがったら式部にペナルティ課すからな」 「偉そうに! 式部が転んで怪我したらどーすんのよ?」 「それは俺が見といてやる。捕まらないよう息を潜めてな」 「それって標的を狩るパターンじゃないの」 不服そうだったセラの顔は、隹川にまた目隠しされて、式部の視界から消えていった。 視界が暗闇に、辺りが静寂に呑まれると、ひとりぼっちの世界に置き去りにされたような心細さに襲われた。 ……隹川達って受験生じゃないのか。 ……冬休み、こんなことしていて大丈夫なんだろうか。 式部の余計なお世話は取り越し苦労というやつだった。 祖父の代から続く個人病院の跡取り息子……であるはずの繭亡は妹のセラにその座を譲り、私大法学部への内部進学をすでに決定させていた。 海外進学を希望していた阿羅々木は、十二月中に合格通知を受け取り、九月からアメリカの大学へ入学する予定だった。 そして隹川は……。 「ッ、痛……」 天窓つきの屋根裏部屋風二階ロフトを手探りでうろうろしていた式部は、何やら出っ張りに頭をぶつけて首を竦めた。 障害物を避けようと反対側へ。 手摺りはあるものの、広間へ転落する危険性もあるロフトの端へよろよろ向かおうとしていたら。 「ロフトから投身自殺でもやるつもりか、式部」 すかさず隹川が割って入ってきた。 「っ……隹川か、びっくりした、いきなり出てこないでほしい」 「お前が下に落ちそうだったから親切にしてやったっていうのに」 「あ、そうだっ……捕まえた……!」 式部はちゃっかり隹川を捕まえた。 姿が見えない肉食高校生にぎゅっと強く抱きついた。 「お前からハグされるなんて滅多にないよな」 先程まではひたすら意地悪だった隹川の、ちょっと優しげな声色に、式部はどきっとしてしまう。 慌てて離れようとしたら「危ねぇよ」と手をとられた。 そのまま引っ張られてロフトから移動させられた。 「隹川、目隠しをとってくれ、次は隹川が鬼だ」 「案外、はまってんじゃねぇか、目隠し鬼」 「っ……渋々だもん」 隹川と手を繋いでいる。 これまでにないシチュエーションに、未だ視覚が閉ざされている式部は、自分の鼓動が加速するのを嫌というほど実感せざるをえなかった。 「……みんなどこに隠れているんだろう」 「さぁな。こんなことやってたらガキの頃を思い出す」 「こんな怖いゲーム、ガキの……小さい頃からやってるのか」 キィ、と扉を開ける音がした。 「隹川、ここは?」 「二階の寝室だ」 「寝室……もう、そろそろ鬼を交代してーー」 繋いでいた手が離れたかと思えば。 主寝室のベッドに式部は押し倒された。

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